DIRECTOR'S JOURNAL

高齢者の不眠に、オレキシン受容体拮抗薬はどう使えるのか

コラム

「年齢を考えると、睡眠薬を飲み続けてよいのか心配です」

「夜中に何度も目が覚めます。でも、薬でふらついたり、転んだりするのも怖いです」

高齢者の不眠を治療する時には、若い方とは少し違う難しさがあります。眠れないこと自体がつらい一方で、翌朝の眠気、ふらつき、転倒、認知機能への影響、ほかの薬との重なりも考えなければならないからです。

2026年、医学誌Sleepに、65歳以上の慢性不眠症に対するデュアル・オレキシン受容体拮抗薬の効果と安全性をまとめた系統的レビューとメタ解析が発表されました。

対象になったのは、スボレキサント、レンボレキサント、ダリドレキサントなどです。国内では、ベルソムラ、デエビゴ、クービビックという商品名でも知られています。

この研究は、オレキシン受容体拮抗薬が高齢者の入眠、中途覚醒、総睡眠時間を改善しうることを示しました。ただし、「高齢者なら安全に使える」「転倒や認知機能への影響は心配ない」と証明した研究ではありません。

不眠は、「何時間眠ったか」だけで決まりません

不眠症は、寝つくまでに時間がかかる、夜中に目が覚める、朝早く目が覚めるといった夜間の症状に加えて、それが日中の生活へ影響している状態です。

眠気が強い。疲れが取れない。集中しにくい。気分が落ち込む。転びそうになる。昼間の活動が減る。

反対に、睡眠時間が短くても、本人が困っておらず日中生活への影響が少ない場合には、数字だけを見て薬を増やすとは限りません。

治療の目標は、睡眠時間を長くすることだけではなく、翌日を安全に過ごしやすくすることです。

オレキシン受容体拮抗薬は、覚醒の働きを弱める薬です

オレキシンは、脳の中で覚醒を保つことに関わる神経伝達物質です。デュアル・オレキシン受容体拮抗薬は、OX1受容体とOX2受容体の両方を遮断し、覚醒を維持する信号を弱めることで睡眠を促します。

ベンゾジアゼピン系やいわゆるZ薬とは、作用する仕組みが異なります。そのため、従来の睡眠薬とは違う選択肢として使われることが増えています。

ただし、仕組みが違うことと、副作用がないことは同じではありません。翌朝まで眠気が残る、注意力が落ちる、夢が鮮明になる、金縛りのような症状が出ることがあります。薬の種類や量、併用薬、体質によって影響は変わります。

今回の研究は、何を調べたのでしょうか

研究者は、2025年までに公表・登録された無作為化比較試験を検索し、65歳以上の慢性不眠症に対するデュアル・オレキシン受容体拮抗薬をプラセボなどと比較しました。

10件の研究が系統的レビューに入り、そのうち5件がメタ解析に使われました。定量的な解析には、薬を使用した2235人と、対照群1409人が含まれています。

評価された主な項目は、次のようなものでした。

  1. 寝つくまでの時間眠りが持続し始めるまでの時間を、睡眠検査などで評価します。
  2. 眠った後に起きていた時間入眠後に目が覚めていた合計時間で、中途覚醒の程度を表します。
  3. 総睡眠時間実際に眠っていた時間を、客観的な検査と本人の記録の両方から見ます。
  4. 有害事象治療中に起きた症状や出来事と、重篤な有害事象を比較します。

寝つき、中途覚醒、睡眠時間は改善しました

全体として、オレキシン受容体拮抗薬はプラセボに比べて、眠った後に起きている時間を短くし、寝つくまでの時間を短くし、総睡眠時間を延ばしました。本人が記録した睡眠時間にも改善がみられました。

ただ、薬ごとの結果は同じではありません。用量によって有意差が出たものと、出なかったものがあります。

平均で10分、20分という差を、小さいと感じる方もいると思います。一方で、夜中に目が覚める時間が短くなり、「また眠れる」という感覚が戻ることが、翌日の安心につながる方もいます。

大切なのは、平均値だけではなく、その方にとって意味のある変化かを見ることです。

安全性の結果は、薬によって少し違いました

研究では、ダリドレキサントはプラセボと比べて治療中の有害事象を有意に増やしませんでした。一方、レンボレキサント5mg・10mgとスボレキサント30mgでは、治療中の有害事象がプラセボより多いという結果でした。

ただし、いずれの薬でも、重篤な有害事象が有意に増えたとは示されませんでした。

ここで注意したいのは、「ダリドレキサントが最も安全」と証明されたわけではないことです。薬同士を同じ条件で直接比較した研究ではなく、試験ごとに対象者、期間、用量、有害事象の拾い方が異なります。

また、「治療中の有害事象」は眠気だけを指すものではありません。治療期間中に起きたさまざまな出来事をまとめた広い指標です。数字だけで薬の使いやすさを決めることはできません。

「重篤な有害事象が増えなかった」を、どう読むか

重篤な有害事象が増えなかったことは、安心材料の一つです。しかし、頻度の低い副作用は、数千人規模の解析でも十分に検出できないことがあります。

さらに、今回の10件のうち、高齢者だけを対象として最初から設計された試験は2件でした。残りの多くは、成人を対象とした試験の中から65歳以上のデータを取り出した解析です。

試験に参加できる高齢者は、実際の診療で出会う方より身体状態が安定し、併用薬が少ない場合もあります。認知症、強いフレイル、転倒を繰り返す方、複数の鎮静薬を使っている方へ、結果をそのまま広げることはできません。

「重篤な有害事象が増えなかった」は、「転倒しない」「翌朝眠くならない」「どの高齢者にも安全」という意味ではありません。研究上の安心材料と、目の前の方の安全確認は分けて考える必要があります。

高齢者では、薬の効果より「翌日の余白」が狭いことがあります

若い方なら少し眠気が残っても、大きな問題にならないことがあります。しかし高齢者では、夜中にトイレへ立つ、階段を使う、一人で生活する、車を運転するといった場面で、わずかなふらつきが転倒や事故につながることがあります。

肝臓や腎臓の機能、体格、併用薬によって、薬の効き方や残り方も変わります。抗不安薬、ほかの睡眠薬、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、飲酒などが重なると、眠気が強くなることがあります。

そのため私は、高齢者の睡眠薬では、夜の変化だけでなく、次の点を確認することが大切だと考えています。

  • 朝、いつも通りに起きられるか
  • 夜間にトイレへ立つ時、ふらつかないか
  • 日中の眠気や反応の遅さが増えていないか
  • 家族から、ぼんやりしていると言われていないか
  • 転倒やヒヤリとした出来事がなかったか
  • 薬を飲める時間が遅くなっていないか

不眠の原因を、睡眠薬だけの問題にしない

夜中に何度も目が覚める時、原因が不眠症だけとは限りません。

  1. 睡眠時無呼吸症候群大きないびき、呼吸が止まる、朝の頭痛、日中の強い眠気が手がかりになります。
  2. 夜間頻尿や痛み眠りが浅いからトイレへ行く場合と、尿意や痛みで目が覚める場合を分けます。
  3. むずむず脚症候群夜になると脚を動かしたくなり、じっとしていると不快感が強くなります。
  4. うつ病、不安、認知症など気分や心配、昼夜逆転、夜間の混乱が睡眠へ影響していることがあります。
  5. 薬や嗜好品の影響ステロイド、利尿薬、カフェイン、アルコールなど、現在の薬と生活を確認します。

原因を整理せずに睡眠薬だけを増やすと、眠気は強くなっても、目が覚める理由は残ることがあります。

「よく眠れたか」と「続けやすいか」を一緒に見る

オレキシン受容体拮抗薬は、高齢者の慢性不眠症において有力な選択肢です。特に、寝つきだけでなく、夜間の覚醒が長い方では検討しやすい薬だと思います。

ただし、最初から「この種類なら安全」と決めるのではなく、少ない負担で目的を達成できるかを見ます。服用する時間、食事との間隔、ほかの薬との相互作用、翌朝の予定も含めて考えます。

効かなければ増やす、眠れれば続ける、だけではありません。

どの症状が改善したか。翌日の生活は良くなったか。新しい負担は出ていないか。続ける必要が今もあるか。

この四つを定期的に見直します。

薬を使っても、睡眠を支える条件は整えます

睡眠薬は、覚醒を下げる手助けをします。しかし、体内時計や生活のリズム、日中の活動まで薬だけで整えることはできません。

起きる時刻を大きくずらさない。朝に光を浴びる。日中に無理のない活動を入れる。長い昼寝を避ける。眠れないまま長時間ベッドで過ごし続けない。

こうした調整や、不眠に対する認知行動療法は、薬を使う場合にも大切です。

「生活を直せば薬はいらない」と責めるためではありません。薬にすべての仕事を任せず、睡眠を支える条件を少しずつ増やすためです。

服用中に相談してほしいこと

次のような変化がある時は、自己判断で増減・中止せず、処方した医師や薬剤師へ相談してください。

  • 翌朝の眠気やふらつきが強い
  • 転倒した、または転びそうになった
  • 服用後の記憶があいまいになる
  • 悪夢、金縛り、寝ぼけた行動が増えた
  • いびきや無呼吸、日中の強い眠気を指摘された
  • ほかの睡眠薬、抗不安薬、鎮痛薬が追加された
  • 眠れないため、決められた量より多く飲みたくなる

まとめ

2026年の系統的レビューとメタ解析では、デュアル・オレキシン受容体拮抗薬は、65歳以上の慢性不眠症において、寝つき、中途覚醒、総睡眠時間を改善しました。本人が感じる睡眠時間にも改善がみられました。

重篤な有害事象の有意な増加は示されませんでしたが、治療中の有害事象は一部の薬・用量で増えていました。また、高齢者だけを対象に設計された試験は少なく、転倒や認知機能への影響を含めた長期的な安全性には、まだ確認すべき点があります。

この研究から言えるのは、「高齢者にも使える可能性がある」ということです。「高齢者なら安心して使える」ではありません。

睡眠薬を選ぶ時に大切なのは、夜を眠らせる強さだけではありません。翌朝に起きられること、歩けること、考えられること、日中を安全に過ごせることまで含めて、その方にとっての効果を判断することです。

論文情報・参考資料

  1. Rollo E, Antonioni A, Manzoli L, et al. Treatment of chronic insomnia in elderly adults with dual orexin receptor antagonists: a systematic review and meta-analysis. Sleep. 2026;49(8):zsag135. doi:10.1093/sleep/zsag135. PubMed / 全文
  2. 医薬品医療機器総合機構. ベルソムラ錠(スボレキサント)医薬品情報. PMDA
  3. 医薬品医療機器総合機構. デエビゴ錠(レンボレキサント)医薬品情報. PMDA
  4. 医薬品医療機器総合機構. クービビック錠(ダリドレキサント)承認審査情報. PMDA

本記事は2026年9月時点で確認できる論文と国内の公的資料をもとにした一般的な解説です。研究結果は個別の処方を決めるものではありません。睡眠薬を自己判断で開始・増量・減量・中止せず、処方した医師や薬剤師へ相談してください。

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