こころの仕組み02
上司から、
「ここ、間違っています」
と言われた。
言われたのは、一つの仕事についてです。
数字が違っていた。
確認が足りなかった。
報告のタイミングが遅かった。
本来なら、「そこを直そう」で終わる話なのかもしれません。
でも、終わらない人がいます。
その一言を聞いた瞬間、胸が詰まる。
頭が真っ白になる。
「仕事ができないと思われた」
「がっかりされた」
「もう信用されないかもしれない」
「自分はこの仕事に向いていない」
家に帰ってからも、何度もその場面を思い出す。
そして最後には、
というところまでたどり着いてしまう。
仕事の指摘が、自分全体の否定へ変わるとき
少し不思議なことがあります。
上司が指摘したのは、「この仕事の、ここを直してください」ということです。
それなのに、自分の中では、
という意味に変わっている。
いったい、どこで話が大きくなったのでしょう。
もしかすると、その人にとって、「きちんとできること」は、単に仕事をするための能力ではなかったのかもしれません。
きちんとできれば、怒られない。
きちんとできれば、迷惑をかけない。
きちんとできれば、認めてもらえる。
きちんとできれば、自分はここにいていい。
そんな経験を長く重ねていると、「できること」と「自分の価値」が少しずつ近づいていくことがあります。
すると、失敗したときに揺らぐのは仕事の評価だけではありません。
だから、注意が怖くなるのかもしれません。
注意された瞬間、身体が先に反応する
子どもの頃、失敗すると強く叱られた人もいるでしょう。
「何でこんなこともできないの」と言われたことがあるかもしれません。
できたときは褒められるけれど、できないときはがっかりされた。人に迷惑をかけないことを強く求められた。
あるいは、特別に厳しく育てられたわけではなくても、周りよりできることで、自分の居場所を作ってきた人もいます。
ただし、同じ反応をするすべての人に、特定の過去の経験があるわけではありません。現在の職場環境、疲労、睡眠不足、もともとの気質なども反応の強さに関係します。
さまざまな経験が重なると、いつの間にか、
という矢印が、とても短くなることがあります。
本人は毎回、この順番を頭の中で考えているわけではありません。もっと速いのです。
注意された瞬間に、「まずい。自分の価値が下がった」と、身体の方が先に反応するような感じです。
だから、「そんなに気にしなくていいよ」と言われても、簡単には切り替えられません。
本人が受け取っているのは、単なる修正依頼ではないからです。
頑張るほど、安心できなくなる仕組み
こういう人は、注意されたあとによく頑張ります。
もう絶対に間違えないように、何度も確認する。
人より早く準備する。
分からないことがあっても、人に聞かず自分で調べる。
仕事を家に持ち帰る。
残業してでも仕上げる。
一見すると、とても責任感があります。
実際、その努力のおかげで、これまで多くのことを乗り越えてきたのだと思います。
でも、ここには少し苦しい仕組みがあります。
そして、その努力でうまくいくと、「これだけ頑張ったから何とかできただけ」と思う。
一方、また失敗すると、「やっぱり自分には能力がない」と思う。
これでは、どれだけ頑張っても安心できません。
頑張ることが悪いのではありません。頑張る目的が「仕事をよくすること」から「自分の価値がないと証明されないこと」へ変わると、終わりがなくなります。
直すべき仕事と、守るべき自分を分ける
必要なのは、「注意なんて気にしない人になること」ではありません。
仕事で注意されたら、気になるのは自然です。改善すべきところがあれば、改善も必要です。
ただ、
ことはできます。
「数字が違っていた」なら、直すのは数字です。
「報告が遅れた」なら、次回の報告方法を変える。
「説明が分かりにくかった」なら、説明の順番を工夫する。
そこには改善点があります。
しかし、相手が実際に言っていないのであれば、「だから自分には価値がない」というところまで修正する必要はありません。
それは仕事上のフィードバックではなく、これまでの経験から自分の中に付け加わった判決かもしれません。
注意された直後に確認したい3つのこと
注意されたときに、すぐ冷静になれる必要はありません。頭が真っ白になった日は、あとから確認しても構いません。
- 何を直すように言われたのか数字、期限、報告方法など、具体的な対象へ戻します。
- それ以外のことまで、本当に言われたのか「ここを直してください」と「あなたは仕事ができません」と「あなたには価値がありません」は、同じ文章ではありません。
- 次にすることを一つだけ決める全部反省するのではなく、数字を直す、期限を確認する、報告方法を変えるなど、仕事を前へ進める行動を一つ選びます。
自分の中では長い間、これらがほとんど同じ意味として処理されてきたのかもしれません。
そこを少しずつ分け直していきます。
注意されて傷つく自分まで、責めなくていい
注意されて傷つく自分を、さらに責める必要はありません。
その反応にも、理由があります。
もしかするとこれまで、「ちゃんとできる自分」でいることが、自分を守る大切な方法だったのでしょう。
だから、一つのミスがただのミスでは済まなかった。
でも、これからも毎回、仕事の修正と一緒に、自分の存在価値まで再審査しなくていい。
自分に優しくするとは、失敗をなかったことにすることではありません。
「直すところは直す。でも、この一つの出来事で自分の全部を決めない」と、自分にも公平でいることです。
自分まで全部直そうとしない
注意されたときに必要なのは、「自分はダメか」を考えることではなく、「何を直せば、この仕事は前に進むか」を考えることです。
直すべきところは直す。
でも、自分まで全部直そうとしない。
そのくらいの分け方があってもいいのだと思います。
もし、注意された場面を何日も繰り返し思い出す、眠れない、出勤前に動悸や涙が出る、過剰な確認や残業がやめられないといった状態が続く場合は、一人で耐え続けず、医療機関へ相談することも選択肢です。
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参考文献
- Crocker J, Wolfe CT. Contingencies of self-worth. Psychol Rev. 2001;108(3):593-623.
- Dickerson SS, Kemeny ME. Acute stressors and cortisol responses: a theoretical integration and synthesis of laboratory research. Psychol Bull. 2004;130(3):355-391.
- Wakelin KE, Perman G, Simonds LM. Effectiveness of self-compassion-related interventions for reducing self-criticism: A systematic review and meta-analysis. Clin Psychol Psychother. 2022;29(1):1-25.
