こころの仕組み30
――「そんなに嫌なら辞めればいい」が、あまり役に立たない理由
「この会社、本当におかしい」「上司が最悪」「もう限界」。何度もそう話すのに、辞めない。翌週も同じ不満を言っている。聞いている側は、「結局どうしたいの」「残ることを選んでいるのでは」と疲れてくることがあります。
でも、不満があることと、その場所を離れられることは別です。人は嫌な場所にいても、そこへ残る理由をいくつも持っています。
「嫌なら辞める」は、実際にはかなり大きな決断
仕事は好き嫌いだけで決められません。給料、生活、家族、住宅ローン、キャリア、福利厚生、通勤、年齢、これまでの経験。次の職場が見つかる保証もありません。
収入や福利厚生が変わると、自分だけでなく家族にも影響する。
次の上司、人間関係、仕事内容が今よりよいとは限らない。
同僚、役割、肩書き、積み上げた経験には大切な部分もある。
疲れ切っているため、転職活動や新しい環境への適応までできない。
不満が、「辞めずに働くための調整」になっていることがある
一日働き、嫌なことを家で話し、聞いてもらって少し楽になる。そして翌日また出勤する。この場合、不満を言うことは、職場でためたものを外へ出し、次の日も働くための調整になっています。
本人は辞めるために相談しているのではなく、「今日のしんどさを少し持ってほしい」だけかもしれません。
「相談」と思って聞くと、聞く側が疲れる
「上司に言ったら」「転職したら」と解決策を出す。でも「でも……」が返ってくる。別の案を出しても、また「でも……」。これが続くと、聞く側は無力になります。
会話の目的を分けると、同じ話でも付き合いやすくなります。
「変えたい」と「変えるのが怖い」は同時に存在する
今の職場は嫌。でも転職も怖い。上司は嫌。でも異動してもっと悪くなるかもしれない。仕事はしんどい。でも新しい仕事を覚えることもしんどい。
人は今の苦しさと未知の不安を比べ、何が起きるか分かっている苦しさを選ぶことがあります。優柔不断というより、未来の不確実性を大きく感じている状態です。
長く勤めるほど、「辞める=これまでを捨てる」と感じやすい
10年働き、資格を取り、人間関係を作り、仕事を覚えた。「ここまで頑張ったのに」という気持ちが出るのは自然です。
過去にかけた時間だけで残る必要はありません。ただ心理的には、辞めることが、これまでの努力を否定するように感じることがあります。
職場が「仕事以上のもの」になっている場合もある
会社に不満はある。でも同僚がいる。役割がある。頼られている。「この会社で働く自分」という肩書きもある。職場を離れることが、自分の一部を失うように感じられます。
嫌なところと大切なところは、同時に存在します。嫌いなのに離れられないという一文だけでは、その人が守っているものが見えません。
外側の問題だけを語ることで、自分を守ることもある
仕事がうまくいかない。評価されない。そこで「会社が悪い」「上司が悪い」と考える。実際に会社側の問題があることも当然あります。
ただ、外側の問題だけを語ることで、自分の失敗や無力感へ触れずに済んでいる場合もあります。だから、急に「あなたにも問題がある」と返しても、防御が強くなるだけかもしれません。
「全部自分が悪い」でも、状況は変わらない
「自分がもっとできれば」「自分が我慢すれば」と、環境の問題を全部自分の努力で解決しようとする人もいます。不満は言うけれど、最後には「自分が頑張るしかない」へ戻ります。
会社が全部悪いか、自分が全部悪いか。どちらかへ寄せるより、環境側で変える条件と、自分が選べる行動を分けます。
「辞めたい」という言葉が、今を耐える逃げ道になる
「もう辞める」と言うと、少し楽になる。「いつでも辞められる」と思えるからです。そして翌日はまた働く。言葉そのものが、今すぐ辞めずに耐えるための出口になっていることがあります。
毎回「では辞めれば」と返すより、その言葉が今どのような役割をしているかを見る方が役に立つことがあります。
まず、会話の目的を確認する
- 今日は聞いてほしい?解決策を出さず、時間を決めて気持ちを受け止めます。
- 一緒に整理したい?何が一番しんどいのか、変えたい条件を一つずつ分けます。
- 何かを決めたい?残る、異動する、休む、転職活動を始めるなど、次の行動を考えます。
感情への共感と、事実への同意を分ける
「それは腹が立つね」「しんどかったね」と感情へ共感することと、「上司が100%悪い」「会社は全部おかしい」と断定することは別です。
一緒に怒り続けると、本人の無力感まで強くなることがあります。つらさは認める。でも、事実関係の判決まで代わりに出さない。その距離を保ちます。
「辞めるか残るか」より、一番変えたい条件を見る
上司、業務量、勤務時間、評価、仕事内容、人間関係。「結局どうしたいの」と問うより、「今の中で、一番変わってほしいところはどこ?」と小さく聞きます。
辞める・辞めないは大きすぎても、一つの条件なら調整できることがあります。
残ることと、何もしないことは同じではない
今は辞めないと決めても、我慢し続けるしかないわけではありません。
業務量、役割、勤務時間、優先順位を相談する。
上司との連絡方法や頻度、相談相手を変える。
在職中に求人を見る、資格や生活費を確認する。
判断する力が落ちている時は、休職や医療機関への相談を検討する。
同じ愚痴を聞き続ける義務はない
毎日、何時間も同じ不満を聞き、こちらまで気分が悪くなる。それでも「聞いてあげなければ」と思う必要はありません。
「今日は10分くらいなら聞ける」「その話は前にも聞いたけれど、今日はどうしたい?」と伝えて構いません。話を聞くことと、相手の感情処理を全部担当することは別です。
本人が変えないなら、聞く側が距離を変えられる
本人には、今の職場に残る自由があります。不満を話す自由もあります。そして、聞く側にも、どこまで聞くかを決める自由があります。
相手を変えようとするより、話す時間や頻度を決め、必要なら話題を変える。自分がどこまで付き合うかを選ぶ方が現実的なことがあります。
愚痴は、話した後にどうなるかを見る
愚痴を言って少し回復し、生活へ戻れるなら、感情を調整する役割があります。一方、同じ出来事を繰り返し、相手の悪さを再確認し、怒りや無力感が強くなるなら、感情処理ではなく怒りを何度も再生する時間になっています。
その時は「もう少し聞いてもらう」だけでなく、「それで今、自分にできることは何か」へ少し移します。
残るために、何を支払っているか
同じ不満を長く抱え、本人も苦しくなっているなら、辞めるかどうかより、この状態を続けるために何を支払っているかを見ます。
睡眠、気力、身体、家族との時間、自己評価。それだけ支払っても今の場所に残る理由は何か。残る理由と代償の両方が見えると、残ることも離れることも、自分で選びやすくなります。
不満を聞ける。でも、人生まで代わりに決めなくていい
「そんなに嫌なら辞めればいい」は、一見もっともです。でも、嫌なところがあっても、失いたくないもの、怖いこと、生活があります。だから残る。それ自体は不思議ではありません。
付き合う側は、相手を辞めさせる必要も、会社の悪さを証明し続ける必要もありません。「つらいのは分かった。では、あなたは何を変えたい?」と、ときどき本人へ返します。
不満を聞くことはできる。でも、変えるかどうかまで代わりに決めなくていい。その距離が、長く付き合うには大切なのだと思います。
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本記事は一般的な心理教育を目的としたもので、個別の診断、労務・法律上の助言に代わるものではありません。職場の負担で睡眠や食事、出勤が崩れている、気分の落ち込みや不安が続く場合は、医療機関へご相談ください。ハラスメントや安全上の問題がある場合は、記録を残し、社内外の相談窓口や専門機関の利用も検討してください。

