こころの仕組み22
診察室で、「どうすれば、この性格を直せますか」「もっと気にしない人になりたいです」と聞かれることがあります。
つらさが続けば、今の自分のどこかが間違っていて、それを正せば楽になれるように感じるのは自然なことです。
ただ、当院がこころの治療で目指したいのは、別人になることでも、不安や怒りを一切感じない人になることでもありません。
最初に必要なのは、「気づくこと」
たとえば、上司から少し注意された。その瞬間に胸がざわつき、「能力がないと思われた」「嫌われた」と感じる。帰宅後も何時間も振り返り、翌日は上司の顔色を見ながら働く。
本人には、「注意されると落ち込みやすい性格」と見えているかもしれません。しかし、ゆっくりたどると、いくつかの段階に分かれます。
- 出来事上司から仕事の修正点を伝えられる。
- 感情と身体恥ずかしさや不安が起き、胸がざわつく。
- 意味づけ「能力がないと思われた」「嫌われる」と考える。
- 対処何度も振り返り、翌日は周囲へ過剰に合わせる。
- 長期的な影響疲労と緊張が増え、次の注意がさらに怖くなる。
「落ち込みやすい性格」では対策しにくくても、どこで何が起きているかが見えれば、働きかけられる場所が見つかります。
「名づける」と、自分と症状の間に少し距離ができる
なんとなく苦しい、怖い、嫌だという状態は扱いにくいものです。そこで、「これは不安だ」「これは恥ずかしさだ」「今は反芻している」「確認して安心しようとしている」と名前をつけます。
専門用語をたくさん覚えるためではありません。自分そのものと、自分の中で起きている現象を分けるためです。
「自分がおかしい」
苦しさが、そのまま自分全体への評価になります。
「今、不安が強くなっている」
自分の中で起きている一つの状態として捉えます。
「私はダメだ」
一つの出来事が、自分への判決になります。
「自分を責める考えが出ている」
考えを事実と決めず、少し離れて見ます。
名前をつけても、感情がすぐ消えるとは限りません。それでも、反応に飲み込まれる前に立ち止まれる可能性が少し増えます。
くっつきすぎたものを、「分ける」
こころが苦しい時は、出来事と自己評価が一つにつながりやすくなります。
ミスをした。だから能力がない。だから価値がない。だから嫌われる。だから、ここにいてはいけない。一つの出来事から、自分の存在全体まで話が進んでいます。
- ミスをしたことと、能力全体は別
- 仕事上の能力と、人間としての価値は別
- 相手が不機嫌であることと、自分が悪いことは別
- 不安を感じていることと、本当に危険であることは別
- 怒りを感じることと、怒鳴ったり関係を切ったりすることは別
- 相手の責任と、自分がここから選べる行動は別
治療は何かを足すことだけではありません。近づきすぎたものの間に線を引くことも、大切な作業です。
「頭では分かっている」のに変えられない理由
相手が不機嫌でも、自分のせいとは限らない。確認しても不安が一時的に下がるだけ。休んでも自分の価値はなくならない。頭では分かっていても、やはり確認する、断れない、休めない。
これは、理解が足りないからとは限りません。その行動が、これまで自分を守る役割を果たしてきたからです。
- 何度も確認することで、危険や失敗を見落とさないようにしてきた
- 人へ合わせることで、関係や居場所を守ってきた
- 一人で抱えることで、能力がないと思われる怖さを避けてきた
- 「まだ大丈夫」と考えることで、今すぐ限界を認めずに済んだ
症状や癖をすぐ悪者にせず、「それで何を守っているのか」を見る。その役割が分かってから、今の生活に合う別の守り方を探します。
すぐ答えが出ない状態に、少しとどまる
「嫌われたのか」「鍵を本当に閉めたか」「相手と自分のどちらが悪いのか」。答えが出ないと、人は確認したり、考え続けたり、早く決着をつけたくなります。
そこで「絶対に大丈夫」と思い込むのではなく、「今は分からない」で一度止まります。
- 不安が残っていても、もう一度の確認を少し待つ
- 納得できなくても、今日は考えることを終えて眠る
- 相手の気持ちが分からなくても、目の前の仕事へ戻る
これは放置ではありません。未解決のものを抱えたままでも、生活を続けられる幅を作る練習です。ただし、現実の危険、安全確認が必要な場面、医療上の判断まで我慢するという意味ではありません。
治療で増やしたいのは、「正しい行動」より「選べる行動」
不安になったら確認する。怒ったらすぐメッセージを送る。頼まれたら反射的に「大丈夫です」と答える。反応と行動の間がほとんどないと、後から別の選択をしたかったと思っても間に合いません。
気づいて名前をつけると、その間に小さな隙間ができます。
確認したくなった時
すぐ確認するか、5分待つかを選びます。
強い怒りが出た時
送信するか、下書きにして明日見直すかを選びます。
仕事を頼まれた時
すぐ引き受けず、「確認して返事します」と伝えます。
限界を感じた時
一人で補うか、期限・量・支援を相談するかを選びます。
選んだ結果がいつも理想どおりになるわけではありません。それでも、「こうするしかない」が少し減ることに意味があります。
一度できたかどうかより、違う経験を重ねる
ずっと断れなかった人が、一度だけ「今日は難しいです」と言えた。10回確認していた人が8回で終えた。何時間も考えていた人が、30分で一度生活へ戻れた。
小さく見えても、それまで「こうするしかない」と思っていたところに、別のやり方が入ったという点で大きな変化です。
ただし、長く続いた反応は一度で消えません。断っても関係は壊れなかった。確認しなくても何とか過ぎた。休んでも戻れた。弱音を吐いても見捨てられなかった。こうした経験を繰り返すうちに、頭で知っていたことを身体も少しずつ学んでいきます。
本人だけを変えず、環境にも仕事をしてもらう
考え方や行動を変える話だけでは足りないことがあります。仕事量が多すぎる。人間関係に明確な実害がある。指示が曖昧すぎる。感覚刺激が強い。役割と本人の特性が合っていない。
このような時、本人がもっと強くなることだけを目標にするのは適切ではありません。
本人が使える力を増やす
症状を治療し、対処法や相談する力を身につけます。
要求を調整する
仕事量、期限、同時に抱える案件、刺激を減らします。
支援を増やす
指示を具体化し、人に頼り、薬や休職、配置変更も検討します。
現実の過重労働やハラスメントを、本人の受け取り方の問題へ置き換えないことも、治療では重要です。
治療の正解は、診断名だけでは決まらない
心理療法、薬物療法、休養、生活の調整、職場への働きかけ。どれをどの程度使うかは、症状、診断、安全性、本人の希望、生活や仕事の条件によって変わります。
心理療法にも複数の方法があり、扱う症状によって適したアプローチは異なります。治療者が一つの「正しい人間像」を示し、そこへ患者さんを近づければよいわけではありません。
NIMH(米国国立精神衛生研究所)は、心理療法の一般的な目標として、つらい感情・思考・行動を理解し変えていくことに加え、症状の軽減、日常機能や生活の質の維持・向上を挙げています。またNICEの共同意思決定ガイドラインでは、選択肢の利益・不利益を共有し、本人の価値観や希望も含めて治療を決めることが重視されています。
治療とは、「もっと頑張れる人」になることではない
つらい時は、「もっと気をつける」「もっと前向きになる」「もっと我慢できるようになる」という方向へ進みがちです。しかし、すでに十分頑張り、頑張る方法で何とか保ってきた人もいます。
- 不安をなくすのではなく、不安があっても次の行動を選べる
- 怒りを消すのではなく、怒っても関係や生活を壊さない
- 誰にも負担をかけないのではなく、負担を相談し調整できる
- ミスを完全になくすのではなく、ミスが起きても戻れる
- 傷つかないのではなく、傷ついても自分全体を否定しない
必要なのは、さらに頑張る力だけではなく、頑張らなくても回る部分を増やすことかもしれません。
「こうするしかない」が、「こうしてもいい」に変わる
気づく。名づける。分ける。何を守ってきたのかを知る。すぐ答えを出さずに少し待つ。そのうえで選ぶ。一度行動して、必要ならやり直す。環境にも働きかける。
そうしていくと、「性格が変わった」というより、自分の扱い方が変わってくるのだと思います。
治療のゴールは、正しい人間になることでも、何も感じなくなることでもありません。自分の中で起きていることを理解しながら、それでも次の行動を自分で選べること。そして、うまくできない日があっても、また戻ってこられることです。
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本記事は一般的な心理教育と当院の診療方針をお伝えするもので、個別の診断や治療に代わるものではありません。心理療法だけでなく、身体状態の確認、薬物療法、休養、環境調整などが必要な場合があります。症状や安全性に応じて、治療内容は個別に検討します。

