こころの仕組み34
――やめたい行動ほど、これまで自分を守ってきたことがある
何度も確認してしまう。人に合わせすぎる。断れない。完璧にしないと落ち着かない。嫌なことを避ける。人に頼れず、全部自分で抱える。本人も、「こんなことをしても疲れるだけ」と分かっています。それでも、なかなかやめられない。すると、「自分は意志が弱い」「性格がおかしい」「分かっているのにできない」と、自分を責めたくなります。でも、なかなか手放せない反応には、ただの悪い癖ではなく、これまで自分を守ってきた役割
があることがあります。こころの治療では、「どうやったらこの行動をやめられるか」の前に、一度、「この行動は、自分に何をしてくれているんだろう」と考えてみることがあります。これが、「意味を知る」ということです。
「意味」は、原因とは少し違う
たとえば、人の顔色を気にするようになった。子どもの頃、家庭内で誰かの機嫌を読む必要があった。これは、その反応が身についた背景や原因です。一方で、今も人の顔色を読むことで、怒られる前に察知できる。嫌われる前に合わせられる。関係が悪くなる前に修正できる。これは、今、その反応が果たしている役割です。つまり、原因は、「どこから来たのか」意味は、「今、何をしてくれているのか」と考えると分かりやすいかもしれません。
やめにくい反応が守っているもの
何度も確認する人は、「確認が好き」なのではない
メールを送る前に何度も読み返す。鍵を何度も確認する。仕事が終わったあとも、「あれで本当によかったかな」と考える。本人も疲れています。それでも確認する。なぜでしょう。「ミスしたくない」という理由があります。でも、もう少し奥を見ると、ミスしたら怒られる。能力がないと思われる。人に迷惑をかける。自分を責め続ける。そういうことが怖いのかもしれません。つまり、確認が守っているのは、ミスそのものだけではなく、
批判される怖さや、自分を責める苦しさかもしれません。
だから、確認を取り上げるだけでは苦しくなる
「確認しすぎだから、もう確認しないようにしましょう」と言われても、簡単ではありません。本人にとって確認は、不安を下げる方法だからです。確認する。少し安心する。また不安になる。また確認する。長期的には苦しくても、その瞬間には、ちゃんと役に立っています。だから、やめにくい。
人に合わせる人は、「自分がない」のではない
相手の意見に合わせる。嫌でも断らない。場の空気を読む。自分の希望は後回しにする。すると、「もっと自分を持った方がいい」と言われることがあります。でも、その人にとって人に合わせることは、関係を守る方法だったのかもしれません。断ったら嫌われる。反対したら関係が悪くなる。相手が不機嫌になると自分がつらい。だから合わせる。ここで守っているのは、人とのつながりや、自分の居場所です。そう考えると、「もっと自己主張しなさい」
だけでは足りない理由が見えてきます。
一人で抱える人は、「人を頼る方法を知らない」だけではない
仕事を任せられない。相談できない。自分で全部やる。周囲からは、「もっと頼ればいいのに」と言われる。でも、本人の中では、頼んで断られる方が怖い。説明して分かってもらえない方が嫌。「そんなこともできないの?」と思われたくない。なら、一人でやる方が安全です。つまり、抱え込むことによって、失望、拒絶、無力感、評価が下がる怖さから自分を守っている可能性があります。
完璧主義は、「高い理想」だけでは説明できない
資料を何度も直す。80点でも十分なのに提出できない。細かいところが気になって、仕事が終わらない。「完璧主義ですね」と言われる。でも本人は、完璧を目指したいというより、不完全なものを人に見せるのが怖いのかもしれません。失敗を指摘されたくない。恥ずかしい思いをしたくない。能力がないと思われたくない。だから、完璧になるまで出さない。この時、完璧主義が守っているのは、仕事の質だけではなく、
「自分はちゃんとできる人」という自己像かもしれません。
怒りが、自分を守っていることもある
人に強く責められた。すぐ腹が立つ。「なんでそんな言い方されないといけないんですか」と思う。怒りは扱いにくい感情ですが、その奥には、傷つき。恥。無力感。怖さ。があることがあります。怒ることで、弱い側にいる感じが少し減る。「傷つけられた自分」ではなく、「怒っている自分」でいられる。つまり、怒りが、自分の尊厳や境界線を守っていることがあります。だから、怒りをなくすことだけが治療ではありません。
「人を助ける」ことにも意味がある
困っている人を見ると放っておけない。相談されると最後まで聞く。自分が疲れていても助ける。これは優しさです。でも、人を助けている時だけ、自分の価値を感じられることもあります。必要とされる。頼られる。感謝される。すると、「自分はここにいていい」と思える。この場合、人を助けることには、相手を支えるだけでなく、自分の価値を確認する役割もあります。だから、頼られるのがしんどいのに、頼られなくなると寂しい、
ということも起こります。
忙しくし続けることが、自分を守る場合もある
予定を入れる。仕事をする。休日も何かしている。何もしていないと落ち着かない。一見、活動的な人です。でも、立ち止まると、寂しさ。不安。悲しさ。将来への心配。が出てくる。だから忙しくする。この場合、忙しさには、感じたくないものから距離を取る役割があることがあります。
その反応の意味を見つける
「何をしているか」より、「それをすると何が楽になるか」
意味が分からない時には、かなり使える問いがあります。「それをすると、その瞬間はどうなりますか?」確認する。→ 少し安心する。人に合わせる。→ 相手が不機嫌にならずに済む。先延ばしする。→ 今だけは失敗を考えなくて済む。怒る。→ 無力感が少し減る。全部自分でやる。→ 他人に任せる不安がなくなる。ここに、その行動の意味が見えることがあります。
「それをしないとしたら、何が一番怖い?」
もう一つ使いやすい問いがあります。確認しないとしたら?断るとしたら?人に頼るとしたら?80点で提出するとしたら?すると、その奥にある怖さが出てきます。「怒られる」「嫌われる」「能力がないと思われる」「人に迷惑をかける」「見捨てられる」この怖さが、行動を続けさせています。
守りたいものと、守り方のコストを分ける
その人が守っているものは、たいてい悪いものではない
人に嫌われたくない。安全でいたい。失敗したくない。大切にされたい。役に立ちたい。自分の尊厳を守りたい。先のことをある程度予測したい。どれも、人として自然な願いです。問題は、守りたいものではありません。守り方のコストが高くなっていることです。
短期的には助かる。でも、長期的には高くつく
ここを見ると、行動の意味がさらに分かりやすくなります。何度も確認する。短期的には安心する。でも長期的には、確認しないと安心できなくなる。人に合わせる。短期的には衝突が減る。でも長期的には、自分の希望が分からなくなる。一人で抱える。短期的には失望しない。でも長期的には、疲弊し、孤立する。回避する。短期的には怖さが下がる。でも長期的には、ますます近づきにくくなる。つまり、
ここが、治療で変えたいところです。
昔は必要だった方法が、今も必要とは限らない
昔、親の機嫌を読まないと危なかった。だから人の顔色を見るようになった。その方法は、当時は必要だったかもしれません。でも、今の職場では、上司の表情を一日中読み続けなくてもいいかもしれない。昔、頼っても助けてもらえなかった。だから全部自分でやるようになった。でも今は、信頼できる人がいるかもしれない。つまり、昔役に立ったことと、今も同じ方法が必要なことは別です。
意味が分かると、自分への見方が少し変わる
「なんで私はこんなに面倒なんだろう」から、「これで失敗を防ごうとしてきたんだな」へ。「なんで断れないんだろう」から、「関係を失わないようにしてきたんだな」へ。「なんで一人で抱えるんだろう」から、「断られたり、失望したりしないようにしてきたんだな」へ。ここで、自分を肯定しなければならないわけではありません。ただ、自分の行動に少し筋が通って見える。それだけでも、自己否定は減りやすくなります。
でも、「意味があるならそのままでいい」ではない
ここも大切です。「自分を守っていた」と分かった。だから、何度確認してもいい。何でも人に合わせていい。全部抱え続けていい。という話ではありません。意味を理解した上で、今度は、その方法が今の生活にどれくらいのコストを生んでいるかを見ます。
守りたいものは残して、守り方を変える
ここが「意味を知る」の最終地点です。たとえば、何度も確認する。守りたいのは、安全。なら、確認を全部やめなくていい。チェックリストを使う。確認回数を決める。仕組みに任せる。人に合わせる。守りたいのは、関係。なら、何でも合わせる必要はない。丁寧に断る。少しだけ希望を言う。全部自分で抱える。守りたいのは、責任や信頼。なら、丸投げしなくてもいい。一部分だけ人に頼る。早めに相談する。つまり、
これが大切です。
「意味を知る」は、症状の裏に隠された本音を当てることではない
ここは注意が必要です。「あなたは本当は嫌われたくないんですね」「本当は親に認めてもらいたいんですね」と、治療者が勝手に決めることではありません。本人自身が、「そう言われると少し分かる」くらいのところを一緒に探します。人の行動には、一つではなく、複数の意味があることもあります。確認には、安全。責任感。自己評価。全部が入っているかもしれません。一つの正解を当てる必要はありません。
病気そのものに「目的」を決めつけない
さらに重要なのは、症状そのものを、「本人が何かを得るために作っている」と考えないことです。うつ病になったのは、仕事を休みたかったから。パニック発作は、誰かに助けてもらいたかったから。という説明はできません。病気には、身体。脳。環境。ストレス。遺伝。さまざまな要因があります。ここで意味を見るのは、病気を本人のせいにするためではなく、症状が出た後に身についた対処や反応が、今何をしているかを見るためです。
「意味を知る」ために使える問い
自分の行動が分からなくなった時には、次のように考えてみると見えやすくなります。「これをすると、その瞬間は何が楽になる?」「これをしないとしたら、何が怖い?」「何を失わないようにしている?」「どんな自分でいたいから、この行動をしている?」「この方法は、昔どんな場面で役に立った?」「短期的には何を得て、長期的には何を失っている?」そして最後に、「同じものを、もう少し楽に守る方法はない?」と考えます。
「意味を知る」で一番大切にしたいこと
人は、意味もなく苦しい行動を繰り返しているとは限りません。確認することで、安全を守った。人に合わせることで、居場所を守った。完璧にすることで、自分の評価を守った。一人で抱えることで、失望から自分を守った。避けることで、傷つくことから自分を守った。その方法が、今は少し高くついている。それだけかもしれません。だから、「こんな自分を直さなければ」ではなく、まず、「これまで、この方法で何を守ってきたんだろう」と見てみる。
そこが分かると、その方法を無理に取り上げなくてもよくなります。守りたいものを大切にしたまま、別の方法を探せるからです。こころが変わっていく時に必要なのは、昔の自分を否定することではありません。「あの時の自分には、この方法が必要だった」と理解した上で、「でも今の自分には、もう少し楽な守り方もあるかもしれない」と選び直していくこと。「意味を知る」というのは、過去を深く掘り続けることではなく、
自分を責める材料だった行動を、自分を理解する材料へ変えること。そして最終的には、守るものはそのままに、守り方を変えられるようになること。それが、この段階で目指していることなのだと思います。
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本記事は一般的な心理教育を目的としたもので、個別の診断や治療に代わるものではありません。反応の意味は、症状、これまでの経験、現在の環境によって異なります。強い苦痛や生活への支障、安全上の心配がある場合は、医療機関や適切な相談先へご相談ください。

