こころの仕組み
――「食べないようにする」だけでは、むしろ繰り返しやすくなることがあります
「もう吐かない」と決めて、朝は食べない。昼も少なめにする。夜まで頑張る。でも、仕事で嫌なことがあった。疲れた。お腹も空いている。一度食べ始めると止まらなくなり、「またやってしまった」と怖くなって吐く。吐いた直後は、少しだけ楽になる。そして翌朝、「今日は絶対に食べすぎない」と、また食事を減らす。
過食と嘔吐は、意志が弱いから続くわけではありません。むしろ、過食と嘔吐がお互いを続けさせる仕組みができていることがあります。
「過食をしないように食べない」が、次の過食を準備する
過食した翌日、「昨日食べすぎたから」と朝食を抜く。昼も軽くする。体重が気になって食事量を減らす。すると、身体は当然お腹が空きます。夜になり、疲労、ストレス、空腹が重なった状態で食べ物を前にすると、コントロールは難しくなります。
だから治療では、意外かもしれませんが、「もっと食べない」ではなく、「極端に空腹になる時間を作らない」ことを大切にします。過食性障害や神経性過食症に対する認知行動療法でも、規則的な食事パターンを作り、治療中の過度なダイエットを避けることが重視されています。
前日の帳尻を合わせるため、朝食や昼食を抜く
強い空腹に、疲労やストレスが重なる
一度食べ始めると止めにくくなる
不安や罪悪感が一時的に下がる
「もう食べない」と決め、次の空腹を作る
次の食事を罰にせず、いつもの食事へ戻す
過食のあとに食事を抜かない
夜に過食した翌朝、「食べる資格がない」と思うかもしれません。しかし、そこで食事を抜けば、また強い空腹が生まれ、次の過食が起こりやすくなります。
過食してしまった翌日ほど、「罰として食べない」をしない。失敗した一食を翌日の食事制限で帳尻合わせせず、いつもの食事へ戻します。
嘔吐には、「食べたことをなかったことにする」以外の役割もある
吐く前には、焦り、罪悪感、体重が増える怖さ、強い自己否定があるかもしれません。吐いた後、一瞬でも「これで少し戻せた」と安心する。つまり嘔吐には、食事への恐怖だけでなく、強い不安や罪悪感を短時間で下げる働きがあることがあります。
そのため、「身体に悪いからやめましょう」と言われても、簡単にはやめられません。その瞬間の本人にとっては、嘔吐が苦しさを下げる方法として、かなり役立っているからです。
問題は、「吐くと少し楽になる」こと
過食の後に強い不安や罪悪感が出る。吐くと少し安心する。すると脳は、「食べすぎた時は、吐けばこの苦しさから逃れられる」と学びます。次の過食でも、また吐きたくなります。
嘔吐を減らすには、「吐いてはいけない」と言い聞かせるだけでなく、吐く前の苦しい時間を、どう越えるかを一緒に考える必要があります。
「吐きたい」が出たら、少しだけ時間を作る
吐きたくなった瞬間に、「一生吐かない」とまで決めなくても構いません。まず、衝動と行動の間に、短い時間を作ります。
- その場を離れるトイレや洗面所へ直行せず、別の部屋や人のいる場所へ移ります。
- 短い行動を一つ挟む誰かへ短いメッセージを送る、シャワーを浴びる、音楽を一曲聴くなど、数分で終わる行動を選びます。
- 身体の波を観察する「吐きたい気持ちは今どれくらいか」を確かめ、少し下がるまで結論を保留します。
目的は、絶対に我慢することではありません。「吐きたいと思ったら、すぐ吐く」以外の経験を少しずつ作ることです。吐きたい気持ちが残っていても、今日は少し待てた。その経験が増えると、「この感情は、吐かなくてもいつか下がる」ことを身体も少しずつ学びます。
過食した自分を責めすぎない
過食した後、「また自分はダメだった」と責めるほど罪悪感は強くなり、嘔吐の引き金になることがあります。反省しても構いません。ただし、「今日、過食が起きた」という出来事を、「自分は最低だ」という人格全体の判定まで広げないことが大切です。
一度吐いた時にも、「今日はもう失敗した」と一日全部を諦めない。一回起きたことと、その後も繰り返すことは別です。次の一回を減らせたことも、次の食事へ普通に戻れたことも、治療の一部です。
過食の前に、何があったかを見る
過食は、食べ物だけの問題とは限りません。その前に、空腹、疲労、怒り、さみしさ、仕事での失敗、人間関係、飲酒、睡眠不足がなかったかを見ます。
一日ほとんど食べておらず、夜に大量に食べた。まず規則的な食事を作ることが中心になります。
十分食べていたのに、嫌な出来事の直後に食べた。食欲だけでなく、その感情を扱う必要があります。
両方が重なっていることも少なくありません。「仕事で否定された日の夜に起きやすい」と分かれば、本当に扱うべきものは食欲だけではなく、否定された後の感情の処理かもしれません。
「食べる・吐く」以外の逃げ道を増やす
強い感情が出た時に、これまでは食べる、吐くしかなかったのなら、その選択肢を急にゼロにするより、別の逃げ道を増やします。誰かに話す。場所を変える。休む。短く散歩する。怒りを書き出す。仕事から離れる。診察で扱う。
大切なのは、食べる・吐く以外にも、苦しい時間を越える方法があるという状態を作ることです。
「過食をゼロにする」より、悪循環を一か所ずつ切る
過食、嘔吐、翌日の絶食、そして次の過食。いきなり全部を変えるのは難しいものです。まずは、過食した翌日も朝食を食べる。吐くまでに少し時間を置く。一人で抱える前に相談する。どこか一か所でも変われば、循環全体が少し変わります。
体重を減らすことと、過食嘔吐を治すことを同時に進めない
「過食をやめたい」と同時に「痩せたい」という思いが強いと、食事量を減らし、過食が増え、また吐くという循環に戻ることがあります。少なくとも治療の初期には、過食嘔吐の悪循環を止めることを優先し、強い食事制限を同時に進めない方が治療しやすいことがあります。
NICEも、過食性障害の治療中に減量目的のダイエットを行うことは、過食を誘発し得るとして避けるよう勧めています。
一人でやめられない時は、治療の対象になります
過食嘔吐は、「やめたいと思えばやめられる行動」ではなくなっていることがあります。何度決意しても繰り返すのは、重症さや意志の弱さの証明ではなく、一人の決意だけでは変えにくい仕組みができているということです。
成人の神経性過食症では、摂食障害に焦点を当てたガイド付きセルフヘルプや、必要に応じてCBT-ED(摂食障害に焦点を当てた認知行動療法)が推奨されています。治療では、規則的な食事、体重や体型への考え方、難しい感情への対処、過食と嘔吐が起こる流れを扱います。
薬だけで治すものでもありません
うつ、不安、衝動性などが強い場合、薬物療法が役立つことはあります。ただし、過食嘔吐そのものについては、食事パターン、体重・体型への考え方、感情への対処、嘔吐という行動の役割も扱う必要があります。ガイドラインでも、神経性過食症や過食性障害に薬物療法だけを単独で行うことは勧められていません。
嘔吐が続く時は、こころだけでなく身体も確認する
繰り返す嘔吐では、脱水、電解質異常、不整脈、筋力低下、歯や口腔への影響などが起こることがあります。反復する嘔吐がある場合には、電解質などの身体評価を行い、症状やリスクに応じて心電図を検討します。
吐いてしまった後の口のケア
繰り返す嘔吐は歯にも負担をかけます。NICEでは、嘔吐後すぐに歯を磨くことを避け、酸性でない洗口液などで口をすすぐこと、定期的な歯科・医学的チェックを勧めています。
過食嘔吐をやめる時、一番大切にしたいこと
過食した。吐いた。すると、「どうしてこんなこともやめられないんだ」と思うかもしれません。でも、その行動はこれまで、空腹、不安、怒り、さみしさ、自己否定から、短時間だけ自分を守っていたのかもしれません。
だから、いきなり「もう二度とやらない」と取り上げるだけでは難しい。まず、何が過食を起こしているのか。何が嘔吐を必要にしているのか。この二つを分けます。
空腹なら規則的に食べる。感情なら、食べる・吐く以外の処理方法を増やす。嘔吐が安心の役割を持っているなら、吐きたい気持ちを少しだけ保留する練習をする。そして失敗した翌日に、自分を罰する食事制限をしない。
過食嘔吐から回復するというのは、「食べ物を完全にコントロールできる人」になることではありません。食べすぎた時にも自分を罰しない。つらい時にも吐く以外の方法を選べる。一回崩れても、次の食事からいつもの流れへ戻れる。そういう幅を少しずつ増やしていくことです。
そこが、過食と嘔吐をやめていく時の大きな転換点だと思います。
参考資料
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本記事は一般的な心理教育を目的としたもので、個別の診断や治療に代わるものではありません。過食や嘔吐が続いている場合は、自己判断だけで抱え込まず、医療機関へご相談ください。

