KOKORO NO SHIKUMI 13

「自分は能力がない」という言葉は、少し大きすぎる

コラム

こころの仕組み13

「自分には能力がないんです」

仕事が遅い。人より覚えるのに時間がかかる。会議ではうまく意見が出ない。何度気をつけてもミスをする。周りは普通にできているように見える。

そうした経験が続けば、「結局、自分は能力がない」という結論になるのも不思議ではありません。

実際、苦手なことはあるのでしょう。人より時間がかかることも、どうしても不得意な仕事もあります。だから、「そんなことはありません。あなたには能力がありますよ」と言われても、あまり響かないことがあります。自分の苦労を分かってもらえていないように感じるからです。

ただ、「能力がない」という言葉だけでは、何が起きているのかはほとんど分かりません。大きな自己評価を、具体的な条件と困りごとへ戻すことが、対策の出発点になります。

「能力がない」だけでは、何が難しいのか分かりません

たとえば、「仕事ができません」という人に詳しく聞いてみます。

  • 一つずつ頼まれればできるが、同時に三つ頼まれると混乱する
  • 期限が明確なら進められるが、「なるべく早く」と言われると優先順位が分からない
  • 文章なら理解できるが、口頭で一度に説明されると途中から抜ける
  • 自分の専門業務はできるが、昇進して人の管理や調整が増えてから難しくなった

ここまで分かると、「能力がない」という話とはかなり違って見えます。

能力そのものがないのではなく、ある条件になると、持っている力を使いにくい。そういうことがあるのです。

「できた日」にも、大きな負担を払っていたことがあります

「昔から能力がなかった」と話す人に、「では、今までどうやって仕事を続けてきたのでしょう」と尋ねると、次のような話が出てくることがあります。

  • 人より早く出勤していた
  • 家へ仕事を持ち帰っていた
  • 残業して時間で埋めていた
  • ミスを防ぐため、何度も確認していた
  • 忘れないよう、かなり早めに予定を入れていた
  • 人に聞くのが怖く、夜まで一人で調べていた

本人の中では、次のような循環が起きています。

  1. 能力が足りないと感じる周囲と同じやり方では間に合わない、抜けが出ると感じます。
  2. 努力や時間で埋める早出、残業、持ち帰り、過剰な確認によって結果を合わせます。
  3. 何とかできても評価に残らない「努力したからできただけ」で、できたこととして数えません。
  4. 失敗だけが能力の証拠になるうまくいかなかった日は「やはり能力がない」と結論づけます。

うまくいった日は「努力したからできただけ」。失敗した日は「やっぱり能力がない」。これでは、どちらに転んでも自己評価は上がりません。

能力がなくなったのではなく、以前の補い方が使えなくなった

若い頃は、時間をかければ補えた。残業すれば終わった。一つの仕事に集中すればよかった。

しかし、昇進、異動、家庭の負担、複数案件、人へ指示を出す役割が重なると、「時間をかけて自分一人で補う」という方法が使えなくなることがあります。

そこで急に仕事が回らなくなると、「やっぱり自分には能力がなかった」と感じます。けれど実際には、能力が急になくなったのではなく、今まで使えていた補い方が現在の仕事量や役割では続けられなくなったのかもしれません。

これは、かなり違う話です。

仕事上の不得意が、自分の存在価値まで広がるとき

「能力がない」という言葉が苦しいのは、仕事の話だけでは終わらないからでもあります。

仕事が遅い。能力がない。周りより劣っている。期待されなくなる。ここにいる意味がない。

気づけば、一つの仕事上の不得意から、自分の存在価値まで話が進んでいます。

だから、ミスが一つあるだけで強く苦しくなる。本当に怖いのはミスそのものではなく、「自分が能力のない人間だと確定してしまうこと」なのかもしれません。

大きな自己評価を、具体的な困りごとへ戻す

必要なのは、「もっと自信を持ちましょう」と言い聞かせることではありません。むしろ、曖昧な自己評価を、できるだけ具体的にすることです。

大きな言葉

「能力がない」

具体化:複数案件の優先順位づけに時間がかかる。

大きな言葉

「コミュニケーション能力がない」

具体化:急に意見を求められると、整理する前に話すことになり難しい。

大きな言葉

「仕事ができない」

具体化:疲れてくると、確認漏れが増える。

ここまで小さくなると、初めて対策できます。

  • 優先順位を上司と確認する
  • 口頭指示を文章でもらう
  • 完成前に一度共有する
  • 同時に抱える案件を減らす
  • 疲れてから頑張って確認するのではなく、確認手順を固定する

人格は対策できませんが、具体的な困りごとは対策できます。

本当に不得意なことまで否定する必要はありません

本当に不得意なこともあります。何でも「環境が悪かっただけ」「本当は能力がある」と説明する必要はありません。できないことは、できないこととして見ればよいと思います。

ただ、一つの不得意を、自分全体の判決にまで広げない。そこが大切です。

  1. 何が難しいのか仕事全体ではなく、判断、記憶、切り替え、対人調整などへ分けます。
  2. どんな条件ならできるのか指示の形式、期限、同時進行の数、疲労との関係を確認します。
  3. これまでは何で補っていたのか時間、残業、過剰確認、周囲の支援など、見えにくいコストを含めて考えます。
  4. 何を人や仕組みに任せるのか本人だけが努力を増やす以外の方法を置きます。

自分を高く評価するより、雑に評価しない

「自分は能力がない」と思った時、無理に「そんなことはない」と打ち消さなくても構いません。

代わりに、「具体的に、何ができないのだろう」と聞いてみてください。そしてもう一つ、「それでも今まで、どうやって何とかしてきたのだろう」と考えてみます。

そこには、苦手なところだけでなく、これまで自分を支えてきた工夫や力も見えてくることがあります。

「能力がない」という言葉は、あまりにも多くのことを一つにまとめすぎます。必要なのは、自分を高く評価することではありません。

必要なのは、自分を雑に評価しないことです。できないことは小さく分ける。できていたことには、その成り立ちを見る。そして、自分を責める代わりに、必要なところへ具体的な対策を置く。その方が、「自分には能力がある」と言い聞かせるより、ずっと現実的です。

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本記事は一般的な心理教育を目的としており、個別の診断や能力評価に代わるものではありません。仕事上の困難には、心身の不調、発達特性、職場環境、業務量、睡眠など、複数の要因が関係します。

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