「トリンテリックスは、頭がすっきりする薬ですか」
「意欲が出やすいと聞きました」「ほかの抗うつ薬より副作用が少ないのでしょうか」「5mgから始めることはできますか」。トリンテリックスについては、落ち込みへの効果だけでなく、考えにくさや身体の動きやすさについて尋ねられることがあります。
トリンテリックスは、一般名をボルチオキセチンという抗うつ薬です。セロトニンの再取り込みを阻害するだけでなく、複数のセロトニン受容体にも作用するため、国内添付文書では「セロトニン再取り込み阻害・セロトニン受容体調節剤」と分類されています。
この記事では、国内外の承認情報と臨床試験をもとに、作用機序、適応、認知機能への効果、用量、副作用を整理します。あわせて、実際の診療で感じられる「身体が動きやすくなる」という変化を、どのように評価すればよいかも説明します。
トリンテリックスは、どのように作用する薬なのか
ボルチオキセチンは、神経細胞がセロトニンを回収するセロトニントランスポーターを阻害します。ここまではSSRIと共通する部分です。
それに加えて、5-HT3、5-HT7、5-HT1D受容体を遮断し、5-HT1B受容体を部分的に刺激し、5-HT1A受容体を刺激します。こうした複数の作用を持つことから、「マルチモーダル抗うつ薬」と説明されることがあります。
『ストール精神薬理学エセンシャルズ』では、この薬を、セロトニントランスポーター、Gタンパク質共役型受容体、イオンチャネル型受容体という複数の標的へ作用する薬として整理しています。セロトニン以外の神経伝達系や認知機能へ間接的に影響する可能性も説明されていますが、これは作用機序から考えられる仮説を含みます。複雑な作用機序そのものが、臨床効果の優越性を保証するわけではありません。
半減期は国内の薬物動態試験で平均約68時間と比較的長く、1日1回で使用します。ただし、半減期が長いから飲み忘れてよい、急に中止してよいということではありません。
国内と海外の適応
国内で承認されている適応
うつ病・うつ状態
不安症、ADHD、認知症などは、国内添付文書上の適応ではありません。
米国で承認されている適応
成人の大うつ病性障害
小児には承認されていません。
欧州で承認されている適応
成人の大うつ病エピソード
欧州での商品名はブリンテリックスです。
レクサプロとは異なり、海外でも主な承認適応は成人の大うつ病です。不安がうつ病の一部として改善することはありますが、「不安にも効くことがある」と「不安症に承認されている」は別の話です。海外で使われているからといって、国内の保険適用が広がるわけでもありません。
国内試験で確認された効果
国内第III相試験では、反復性の大うつ病性障害がある20〜75歳の方を、10mg群、20mg群、プラセボ群に分け、8週間の変化を比較しました。
- 抑うつ症状MADRS合計点は、プラセボと比べて10mgで2.66点、20mgで3.07点多く改善し、いずれも統計学的に有意でした。
- 反応と寛解症状が半分以上改善した方、寛解に至った方の割合も、10mg・20mgの両群でプラセボより高くなりました。
- 生活機能仕事・社会生活・家庭生活への支障をみるSDSも改善しました。
- 認知機能本人が感じる認知上の困りごとは改善しましたが、客観的な処理速度をみるDSSTでは、国内試験でプラセボとの差が明確ではありませんでした。
「認知機能に効く」は、どう受け止めればよいか
うつ病では、落ち込みだけでなく、文章が頭に入らない、判断に時間がかかる、仕事の段取りが組めない、言葉が出にくいといった認知症状が起こります。
海外の無作為化比較試験では、ボルチオキセチン10mg・20mgが、処理速度、注意、学習や記憶を含む検査成績をプラセボより改善したという結果があります。別の試験でも、認知上の困りごとがあるうつ病患者で、DSSTや日常機能の改善が確認されています。
一方、国内試験では、本人が感じる「考えにくさ」は改善したものの、客観的検査では明確な差が出ませんでした。したがって、トリンテリックスを「認知機能改善薬」や「仕事の能率を上げる薬」として単純化するのは適切ではありません。
治療で見るのは、検査点数だけではありません。メールを読み返す回数が減った、会議で話を追えるようになった、夕食の準備までできるようになった、といった生活上の変化です。
合う方では、「身体が先に動く」と感じることがあります
実際の診療では、「気分が明るくなった」と言う前に、起き上がれるようになった、片づけができた、先延ばししていた用事に手をつけられた、と表現する方がいます。
これは、うつ病で低下していた意欲や精神運動が回復している可能性があります。10mgでこうした変化が十分みられる方もおり、必ず20mgまで増量するわけではありません。
ただし、動けるようになったことを、無条件に「よく効いている」と判断しないことが大切です。
- 回復としての動きやすさ必要な家事や外出ができ、睡眠を保ちながら、行動後の消耗も少なくなっている。
- 賦活として注意したい変化落ち着かない、眠れない、いらいらする、衝動的になる、言い過ぎるなど、本人や周囲の負担が増えている。
- 軽躁・躁状態を疑う変化睡眠が少なくても平気、考えや会話が止まらない、活動や出費が急に増える。双極症の可能性も含めて早めの評価が必要です。
「身体が動く」という実感は大切ですが、そのエネルギーが生活を整える方向へ使われているかまで確認して、初めて治療上の利益と判断できます。
国内の承認用法は、1日1回10mgからです
国内添付文書では、通常、成人にはボルチオキセチンとして10mgを1日1回服用します。患者さんの状態により20mgを超えない範囲で調整し、増量する場合は1週間以上の間隔をあけます。食事の有無にかかわらず服用できます。
- 通常の成人10mgを1日1回。10mgで十分な変化があれば、増量しないこともあります。
- 増量する場合1週間以上の間隔をあけ、最大20mgまで。悪心、睡眠、焦燥なども確認します。
- 薬に敏感な方悪心や賦活が心配な場合、医師の判断で5mgから忍容性を確認することがあります。ただし、国内の標準開始用量ではありません。
- CYP2D6の影響CYP2D6を強く阻害する薬を併用中の方やCYP2D6の働きが弱い方では、10mgを上限とすることが望ましいとされています。
『モーズレイ処方ガイドライン第13版』でも、成人の大うつ病エピソードに対して10mgから開始し、5〜20mgの範囲で調整する英国・欧州の用量が整理されています。悪心、食欲低下、異常な夢、めまい、そう痒、下痢などの副作用と、CYP2D6を介した相互作用にも注意が必要とされています。国内診療では、日本の添付文書を基準に用量を判断します。
副作用では、まず悪心を軽く見ない
「新しい薬だから副作用が少ない」とは限りません。トリンテリックスで特に問題になりやすいのは、悪心、つまり吐き気です。
国内第III相試験で悪心は10mg群の12.1%、20mg群の15.3%にみられました。嘔吐、傾眠、下痢、頭痛、便秘、腹部不快感なども報告されています。海外添付文書では、悪心は開始1週目に起こりやすく、多くは軽度から中等度で、持続期間の中央値は約2週間とされています。
- 悪心・嘔吐:我慢して続けることを前提にしません。食事や通勤に支障がある、脱水が心配な場合は早めに相談してください。
- 眠気・めまい:自覚した時は運転や危険作業を避けます。
- 不眠・焦燥・いらいら:元の症状だけでなく、開始後・増量後の変化かを確認します。
- 便秘・下痢・腹部不快感:軽くても継続を妨げることがあります。
- 体重変化:短期試験だけで「太らない」と断定できません。国内長期試験では体重増加が5.9%に報告されました。
副作用が出た時に大切なのは、「抗うつ薬だから最初は我慢」と一律に扱わないことです。程度、続く期間、治療で得られている利益を比べ、服用時刻や用量、薬の選択を見直します。
性機能への影響は「ない」のではなく、比較して考える
性欲低下、勃起や射精、オルガズムの問題は、うつ病そのものでも薬でも起こります。トリンテリックスでも性機能障害は起こり得ます。
一方、SSRIで性機能障害が生じていた成人を対象にした無作為化比較試験では、ボルチオキセチンへ切り替えた群は、エスシタロプラムへ切り替えた群より性機能の改善が大きく、抗うつ効果は保たれました。これは「性機能への副作用がゼロ」という意味ではなく、薬を選ぶ時の比較材料の一つです。
早めの医療評価が必要な変化
頻度は高くありませんが、次のような変化では、処方医への早急な相談や医療評価が必要です。強い症状や意識の変化がある場合は救急受診も検討してください。
- 発熱・発汗・震え・筋肉のこわばり・強い興奮セロトニン症候群の可能性があります。
- 強い頭痛・混乱・けいれん・意識の変化低ナトリウム血症を伴うSIADHなどの可能性があります。
- 死にたい気持ちの増加・強い衝動性・攻撃性開始初期や用量変更時は特に注意し、本人だけで抱えず医療機関へ共有してください。
- 眠らなくても平気な高揚・活動性の急な増加賦活や軽躁・躁状態を確認する必要があります。
MAO阻害薬とは併用できません。ほかのセロトニン作用薬、出血傾向を高める薬、CYP2D6を阻害する薬、薬物代謝酵素を誘導する薬などにも注意が必要です。市販薬、他科の処方、サプリメントも含めて医師・薬剤師へ伝えてください。
飲み忘れと中止で気をつけること
飲み忘れに気づいたら、次の服用時間が近い場合は1回分を飛ばします。2回分を一度に飲んではいけません。
半減期は比較的長い薬ですが、急な中止で不安、焦燥、めまい、感覚の異常、頭痛、悪心などが報告されています。特に高用量からの中止は、自己判断で急に行わず、処方医と計画してください。
働く方では、「動けたか」だけで決めない
仕事をしている方では、朝に起きられた、メールに着手できた、会議へ出られたという変化は重要です。ただし、活動量が増えた一方で睡眠が減った、いらいらして対人関係が悪化した、仕事後に完全に動けなくなったのであれば、治療全体がよくなったとは言い切れません。
診察では、気分の点数だけでなく、睡眠、家事、外出、集中、仕事の持続性、対人関係、副作用を確認します。薬で動ける時間が増えたとしても、過重労働や曖昧な指示、ハラスメントなどの環境要因まで薬で押し切らないことも大切です。
まとめ
トリンテリックスは、セロトニン再取り込み阻害作用と複数のセロトニン受容体調節作用を持つ抗うつ薬です。国内の適応はうつ病・うつ状態で、通常は10mgを1日1回服用し、必要に応じて20mgまで調整します。
海外試験では、うつ病に伴う認知症状への効果が示されていますが、頭をよくする薬ではありません。国内試験でも10mg・20mgの抗うつ効果は確認された一方、客観的な認知検査では明確な差が出なかった点を含めて理解する必要があります。
合う方では身体が動きやすくなることがありますが、悪心は比較的多く、焦燥・不眠・いらいらなどが出る方もいます。動けるようになったかだけでなく、その変化が生活を整える方向へ向かっているかを確認することが大切です。
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参考資料
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA). トリンテリックス錠10mg/20mg 添付文書(2023年10月改訂). 添付文書
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA). トリンテリックス錠10mg/20mg 患者向医薬品ガイド. 患者向医薬品ガイド
- Stahl SM. ストール精神薬理学エセンシャルズ 第4版 神経科学的基礎と応用. メディカル・サイエンス・インターナショナル.
- Taylor DM, Barnes TRE, Young AH. モーズレイ処方ガイドライン 第13版 日本語版. ワイリー・パブリッシング・ジャパン.
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- McIntyre RS, et al. A randomized, double-blind, placebo-controlled study of vortioxetine on cognitive function in depressed adults. Int J Neuropsychopharmacol. 2014. PubMed
- Jacobsen PL, et al. Effect of vortioxetine vs. escitalopram on sexual functioning in adults with well-treated major depressive disorder experiencing SSRI-induced sexual dysfunction. J Sex Med. 2015. PubMed
本記事は一般的な医学情報の提供を目的としており、個別の診断や処方変更に代わるものではありません。海外の承認適応は国内の保険適用を意味しません。5mgからの調整は国内添付文書の標準開始用量ではなく、個々の忍容性を考慮した臨床上の判断です。服用中の薬を自己判断で開始・分割・増減・中止しないでください。

