こころの仕組み10
「死にたいと思うのは、最近始まったことではありません」
「小学生くらいの頃から、嫌なことがあると死にたいと思っていました」
「本当に死のうとしているわけではないのです。でも、ずっと頭のどこかにあります」
診察では、このようなお話を伺うことがあります。
何か大きな出来事のあと、突然出てきた「死にたい」ではない。何年も、ときには幼い頃から、つらくなると自然にその考えへ戻ってしまう。
あまりにも長く一緒にいるため、「自分は根本的に生きることに向いていないのでは」と感じる方もいます。
しかし、ここは丁寧に分けて考える必要があります。
長く続く「死にたい」にも、毎回同じ意味があるわけではない
長く続く希死念慮は、毎回一つの意味だけで出ているとは限りません。
文字どおり死を望んでいる時もあれば、「この苦しさを終わらせたい」「ここから逃げたい」「もう何も考えたくない」という状態を、「死にたい」という短い言葉で表していることもあります。
何のためにその言葉が浮かぶのかを理解することは、危険性を軽く扱うことではありません。安全を確認したうえで、希死念慮の前にある苦痛へ別の対処を増やすために行います。
逃げられなかった頃に、頭の中で出口を作った
たとえば子どもの頃は、家から簡単には離れられません。学校へ行かなければならない。大人の言うことに従わなければならない。つらいことがあっても、自分だけで環境を変える力や選択肢は限られています。
大人なら「仕事を変える」「その人と距離を取る」「しばらく休む」と考えられる場面でも、子どもは現実の出口を持てないことがあります。
逃げたいのに逃げられない。どうすれば苦しさが終わるのか分からない。その時、「死ねば全部終わる」という考えが浮かぶことがあります。
それは安全な対処ではありません。ただ、本人の中では「苦しさから離れる方法を想像する」ことで、一時的に気持ちが下がることがあります。
大人になっても、昔から知っている逃避経路へ戻る
仕事で失敗した。人から否定された。恋人とうまくいかない。強い恥を感じた。どうしてよいか分からなくなった。
すると、頭が昔から知っている言葉へ向かいます。
「もう死にたい」
本人は「また死にたくなった。自分はやはりおかしい」と思います。
しかし、人生について毎回ゼロから考え直して死という結論へ達しているというより、強い苦痛を知らせる決まった反応が自動的に起きていることがあります。
だからこそ、「考えないようにする」だけでなく、その直前に何が起きたかを確認する必要があります。
「死にたい」がしている仕事を考える
慢性的な希死念慮へ対応する時、「死にたいと思わないようにする」だけでは難しいことがあります。長く使ってきた考えを止めるだけでは、「この苦しさをどう処理するか」が残るからです。
安全を確認したうえで、次のように整理します。
- 苦しさから逃げる「ここから離れたい」「これ以上続けられない」という気持ちを、死にたいという言葉で表している場合があります。
- 主導権を取り戻すどうにもならない状況で、「終わらせるかどうかは自分が決められる」と感じ、一時的に無力感を下げていることがあります。
- 自分を罰する失敗や拒絶のあと、「こんな自分は許されない」と自己処罰の言葉として出ることがあります。
- 疲労を短い言葉で表す「もう考えたくない」「決めたくない」「頑張れない」という疲弊が、死にたいへまとめられていることがあります。
- 助けを必要としていることを知らせる一人では抱えられない苦痛を、ようやく外へ伝えられる言葉になっていることがあります。
これらは危険性がないという意味ではありません。「何をしているのか」と「今どれほど危険か」は、両方を確認します。
「死にたい」の前に、本当は何と言いたかったのか
次の問いが役立つことがあります。
「もう無理」「逃げたい」「助けてほしい」「これ以上失敗したくない」「休ませてほしい」「自分を責めるのをやめたい」「一人にしないでほしい」かもしれません。
この翻訳ができるようになると、「死ぬか、耐えるか」しかなかったところに、別の行動を入れられることがあります。
ただし、言い換えができたから安全と判断することはできません。希死念慮の強さ、具体性、準備、衝動性は別に確認します。
必要としている出口に合わせて、現実の選択肢を増やす
「死にたい」が「ここから逃げたい」なのであれば、必要なのは人生を終えることではなく、その場から一時的に離れる方法を増やすことかもしれません。
- 今日は仕事や作業を切り上げる
- 相手への返信や大きな決定を翌日へ回す
- 一人にならず、信頼できる人と過ごす
- 予定を一つ減らす
- 主治医や相談先へ連絡する
- 「今はこれ以上対応できません」と伝える
「死にたい」が「自分を罰したい」なのであれば、責任を取ることと自分を苦しめ続けることを分けます。
ミスをしたら、何を修正するか決める。必要なら謝る。再発防止を一つ考える。そこまで終わったあと、自分を責め続けても問題は改善しません。
「誰にも必要とされていない」なのであれば、人から必要とされない瞬間に、自分の存在価値までゼロになる理由を扱います。役に立つ、迷惑をかけない、期待に応えることで居場所を作ってきた方は、人間関係が揺らぐと自分の価値も一緒に崩れやすいことがあります。
「いつものこと」から変化した時は、緊急性が高い
長く続いていると、本人も周囲も「これはいつものことだから」と扱うようになることがあります。
しかし、慢性的であることと安全であることは同じではありません。次の変化がある場合は、普段より危険性が高まっている可能性があります。
- いつもの希死念慮より明らかに強い、または長い
- 具体的な方法や場所を調べ、考え始めた
- 道具、薬、遺書などの準備をしている
- 人へ別れを告げる、持ち物を配るなどの行動がある
- 自分で衝動を止められる自信がない
- 飲酒や薬物使用が増え、判断力が下がっている
- 強い苦痛のあと、急に「もう決めた」という落ち着きが出た
厚生労働省の「まもろうよ こころ」には、24時間対応を含む電話相談やSNS相談が案内されています。
調子が悪い時のために「安全計画」を作っておく
強い希死念慮が出てから、すべてを考えるのは難しいものです。比較的落ち着いている時に、本人と支援者・医療者が一緒に、短い安全計画を作っておく方法があります。
- 悪化の前兆眠れない、連絡を絶つ、飲酒が増えるなど、自分の危険が高まるサインを書きます。
- 一人でできる対処場所を移す、シャワーを浴びる、散歩するなど、少し時間を作れる方法を書きます。
- 気をそらせる人や場所会話できる相手、立ち寄れる場所、一人にならずに済む環境を決めます。
- 助けを求める相手家族、友人、同僚など、状態を率直に伝えられる人と連絡方法を書きます。
- 専門的な相談先主治医、医療機関、地域の相談窓口、救急連絡先を、すぐ見られる場所へ残します。
- 危険なものから距離を取る薬や刃物などを自分だけで管理しないなど、衝動的に使いにくい環境を相談して作ります。
治療の目標は、考えをゼロにすることだけではない
何年も使ってきた考えを、今日からゼロにしようとすると、「また思ってしまった」という失敗体験が増えることがあります。
治療では、次のような変化も大切にします。
- 死にたいと思う回数や時間が少し減る
- 「今、かなり疲れている」と手前で気づける
- 考えが浮かんでも、すぐ行動へつながらない
- 一人で抱えず、誰かへ言える
- 休む、断る、その場を離れるという選択ができる
- 危険が高まった時に、自分から支援へつながれる
薬物療法、心理療法、生活や職場環境の調整、家族や支援機関との連携など、必要な方法は状態によって異なります。希死念慮の背景にあるうつ病、双極性障害、トラウマ、発達特性、依存症、身体疾患などの評価も必要です。
「死にたい」以外の言葉と出口を増やしていく
幼い頃から希死念慮がある方にとって、その考えは長い間使ってきた反応の一つになっていることがあります。
「そんなことを考えてはいけない」と責めるだけでは、手放しにくいものです。
昔は現実の出口を持てなかったのかもしれない。大人になった今は、休む、逃げる、断る、助けを求める、距離を取る、失敗を修正して終える、人へ頼る、環境を変えるという出口を増やせる可能性があります。
「死にたい」ではなく、「もう無理だから、今日はここまでにしたい」
「消えたい」ではなく、「ここから少し離れたい」
「生きていたくない」ではなく、「今の生き方をこのまま続けるのがつらい」
この言い換えだけで危険がなくなるわけではありません。それでも、本当に必要な支援を見つける手がかりになります。
一人だけで出口を増やす必要はありません。長く続いている希死念慮も、悪化した時の希死念慮も、診察で話してよい大切な情報です。

