しんどい時ほど「いつもの自分」でいられず、使える対処の幅が狭くなることがあります。
しんどい時ほど「いつもの自分」でいられず、使える対処の幅が狭くなることがあります。
退行は、何から心を守っているのか。
誰かに決めてもらえば、間違った選択をする怖さや責任から一度降りられます。怒ったり泣いたりすれば、言葉にできない苦しさを周囲へ伝え、守ってもらえることもあります。
これは甘えだけでなく、今の自分が壊れないために使える対処へ戻っている状態です。ただし、できる部分まで相手へ預け続けると、自分で対処できる感覚が戻りにくくなります。
――急に子どもっぽくなったのではなく、使える対処の幅が狭くなっているのかもしれない
普段なら、自分で決められる。
嫌なことがあっても、ある程度は我慢できる。
相手の立場も考えられる。
困ったら、自分で整理して対処できる。
でも、強く疲れた時。
傷ついた時。
追い詰められた時。
急に、
「もう無理」
「全部やってほしい」
「誰か決めて」
「なんで分かってくれないの」
となることがあります。
普段なら気にならない一言で泣く。
少し注意されただけで、すべて投げ出したくなる。
一人でできていたことを、誰かにやってもらいたくなる。
親しい人に強く甘える。
不機嫌になって黙り込む。
衝動的に仕事を休む。
周囲から見ると、
「急に幼くなった」
ように見えることがあります。
こうした時、こころの仕組みとして「退行」という言葉を使うことがあります。
CONTENTSこの記事の見出し
- 01退行とは、「成長が戻ってしまうこと」ではありません
- 02「普段の自分ならこんなことしないのに」
- 03余裕がなくなると、人は「一番慣れた守り方」に戻りやすい
- 04「甘えている」で終わらせると、何が起きているか見えなくなる
- 05「誰かに決めてほしい」が強くなることもある
- 06でも、全部決めてもらい続けると、自分で戻る力が弱くなる
- 07退行すると、「感情と言葉」の間が短くなる
- 08仕事では、「急に能力が落ちた」ように見えることがある
- 09「この人は依存的な人だ」と、状態を性格にしない
- 10退行している時に、大きな自己評価をしない
- 11退行は、ときどき「休ませてほしい」という形でも現れる
- 12ただし、「支えてもらう」と「全部を預ける」は別
- 13治療では、「退行をやめる」のではなく「余力を戻す」
- 14それでも、別の対処を少しずつ増やす
- 15退行してしまった自分を、恥ずかしがりすぎなくていい
- 16退行とは、「ダメな自分が出てきた」ことではない
退行とは、「成長が戻ってしまうこと」ではありません
退行という言葉からは、
「大人なのに子どもに戻る」
という印象を受けるかもしれません。
でも、もう少し丁寧に考えた方が分かりやすいと思います。
人には、
落ち着いて考える。
感情を言葉にする。
相手と交渉する。
先のことを考えて我慢する。
自分を客観的に見る。
といった、比較的複雑な対処法があります。
ところが、
疲労。
不安。
喪失。
強いストレス。
身体的不調。
などで余力が減ると、
そうした複雑な対処を使いにくくなります。
その結果、
泣く。
怒る。
閉じこもる。
誰かに全部頼る。
「嫌だ」「無理」としか言えなくなる。
といった、
より単純で、すぐに自分を守れる反応
が前に出ることがあります。
つまり退行は、
人格が幼くなったというより、
余裕がなくなって、使える対処法が少なくなっている状態
として見ると分かりやすいことがあります。
「普段の自分ならこんなことしないのに」
退行が起きたあと、
本人が一番戸惑うことがあります。
「なんであんなに泣いたんだろう」
「自分でも意味が分からない」
「いい年して恥ずかしい」
「こんな自分じゃなかったはずなのに」
でも、
普段の自分が嘘だったわけではありません。
普段は、
感情を整理する力。
我慢する力。
考える力。
人と調整する力。
が使えていた。
今は、そのための余力が少ない。
だから、
別人になったのではなく、普段使えている機能を十分に使えなくなっている
可能性があります。
余裕がなくなると、人は「一番慣れた守り方」に戻りやすい
たとえば、
普段は冷静な人でも、
追い詰められると黙り込む。
普段は自立している人でも、
体調を崩すと家族に何度も確認する。
普段は穏やかな人でも、
疲れ切ると些細なことで怒る。
人によって戻りやすい形は違います。
そして、その形には、
昔から自分を守ってきた方法が混ざっていることがあります。
困ったら誰かに助けてもらう。
嫌なら黙る。
怒れば相手が引く。
泣けば少し休める。
一人になれば傷つかなくて済む。
昔、それで乗り切れた。
だから余裕がなくなると、
頭が新しい方法を考えるより、昔から知っている方法を使う
ことがあります。
「甘えている」で終わらせると、何が起きているか見えなくなる
普段できていたことを、
「やってほしい」
と言う。
一人で決められない。
何度も、
「大丈夫?」
と確認する。
周囲からすると、
「甘えている」
ように見えることがあります。
実際に、相手へ負担が集中している場合もあります。
ただ、
そこで、
「自分でやりなさい」
だけではうまくいかないことがあります。
まず見たいのは、
なぜ今、以前できていたことが難しくなっているのか
です。
眠れているか。
食べられているか。
仕事量は増えていないか。
大きな喪失がなかったか。
強い不安や抑うつがないか。
一人で処理していることが多すぎないか。
退行そのものより、
退行が必要になるほど余力が減っていないか
を見る必要があります。
「誰かに決めてほしい」が強くなることもある
しんどい時、
判断すること自体が負担になります。
仕事を続ける?
休む?
辞める?
薬を飲む?
誰に相談する?
普段なら考えられる。
でも余力がなくなると、
「先生が決めてください」
「家族が決めて」
となることがあります。
これは、
責任を放棄しているだけとは限りません。
自分で判断して間違えることに耐えられないほど、不安が強くなっている
ことがあります。
誰かに決めてもらえば、
少なくとも自分で選ぶ怖さからは逃れられる。
その瞬間は少し楽になります。
でも、全部決めてもらい続けると、自分で戻る力が弱くなる
ここが難しいところです。
しんどい時には、
助けてもらっていい。
判断を一時的に手伝ってもらっていい。
でも、
何でも周囲が決めるようになると、
今度は、
「自分では何も決められない」
という感覚が強くなることがあります。
だから支援では、
全部突き放すのでも、
全部代わりにやるのでもなく、
本人ができる部分は残しながら、難しい部分だけ補う
ことが大切になります。
たとえば、
「休むかどうか決めてください」
ではなく、
「今の体調なら休む選択肢を私は勧めます。そのうえで、あなたは何が一番気になっていますか」
と一緒に考える。
支える。
でも、本人のハンドルを全部奪わない。
退行すると、「感情と言葉」の間が短くなる
普段なら、
腹が立つ。
でも、
「今ちょっと不公平に感じています」
と言える。
余裕がなくなると、
怒りがそのまま、
「もう知らない」
「全部嫌」
になる。
悲しい。
でも説明できず、
泣くだけになる。
不安。
でも、
「何が不安なのか」
を整理できず、
「無理です」
になる。
つまり、
感情を言葉に変換する余力が減っている
ことがあります。
その時、
「ちゃんと説明して」
と詰めるより、
「今は怒り?不安?それとももう疲れ切ってる?」
と少し言葉を貸す方が、戻りやすいことがあります。
仕事では、「急に能力が落ちた」ように見えることがある
これまで、
責任ある仕事をしていた。
自分で判断していた。
周囲を支えていた。
ところが体調を崩すと、
些細なことを上司に何度も確認する。
一つの変更で混乱する。
注意されると泣く。
「もう辞めたい」
と急に言う。
本人も、
「自分は社会人としてダメになった」
と思います。
でも、
元々の能力そのものが消えたとは限りません。
疲労や不安によって、普段使えている高いレベルの調整機能が使いにくくなっている
ことがあります。
この場合、
「以前できていたんだから、ちゃんとしてください」
と負荷を戻すより、
まず余力を回復させる方が先です。
「この人は依存的な人だ」と、状態を性格にしない
しんどい時だけ、
何度も家族に連絡する。
医師に答えを求める。
自分で決められなくなる。
それだけで、
「依存的な性格」
と決めるのは早いことがあります。
その人が、
普段はどうなのか。
元気な時にも同じなのか。
どんな時に強くなるのか。
を見る必要があります。
一時的な状態と、その人の持続的な人格傾向は別です。
ここを分けます。
退行している時に、大きな自己評価をしない
強く疲れている。
不安も大きい。
その時に、
「自分はこんな人間だったんだ」
「何もできない」
「もう仕事には戻れない」
と結論を出しやすくなります。
でも、
余力が3しかない時に見えた自分を、
余力10の時の自分まで含めた全体像にしなくていい。
今は、
「能力がなくなった」のではなく、「今、その能力を十分使えない」
かもしれません。
回復してから改めて見る必要があります。
退行は、ときどき「休ませてほしい」という形でも現れる
ずっと、
自分でやってきた。
弱音を吐かなかった。
頼らなかった。
人の世話をしてきた。
そんな人が体調を崩した時、
急に、
「もう何もしたくない」
「誰かに全部やってほしい」
となることがあります。
ここには、
ただ幼くなったというより、
長い間できなかった「支えてもらう」を、ようやく求めている
面があることもあります。
だから、
すぐに自立へ戻そうとしすぎない。
一時的に支えてもらうことが、
回復に必要なこともあります。
ただし、「支えてもらう」と「全部を預ける」は別
治療では、
一度依存すること自体を悪いとは考えません。
病気の時には、
人に頼る。
休む。
任せる。
そういう時期があっていい。
でも回復してきたら、
少しずつ、
自分で決める。
自分でやる。
失敗しても修正する。
という部分を戻していきます。
退行を責めない。でも、そこを最終地点にもしない。
これくらいが大切です。
治療では、「退行をやめる」のではなく「余力を戻す」
退行している人に、
「もっと大人らしく」
「自分で考えて」
と言っても、うまくいかないことがあります。
むしろ、
睡眠を戻す。
仕事量を下げる。
不安を治療する。
安心して弱音を言える場所を作る。
一度に判断することを減らす。
必要なら薬を使う。
そうして余力が戻ると、
自然に、
考える。
言葉にする。
待つ。
交渉する。
自分で決める。
といった対処が戻ってくることがあります。
つまり、
「幼い反応を直す」のではなく、成熟した対処を使えるだけの余裕を取り戻す。
こちらの方が本質に近いことがあります。
それでも、別の対処を少しずつ増やす
余力が戻ってきたら、
すぐ泣く。
黙る。
誰かに決めてもらう。
全部投げる。
以外の選択肢を足します。
「今はかなり疲れている」
と言葉にする。
「今日は自分だけでは決めにくいので、一緒に整理してほしい」
と頼む。
「今すぐ辞めるとは決めず、今日は休む」
と保留する。
つまり、
退行的な反応を禁止するのではなく、そこに一つ上の対処を足す
という考え方です。
退行してしまった自分を、恥ずかしがりすぎなくていい
後から振り返ると、
「子どもみたいだった」
「恥ずかしい」
と思うことがあります。
でも、
あの時の自分には、
それくらいしか使える対処が残っていなかったのかもしれません。
大切なのは、
恥じることではなく、
「自分はどんな時に、いつもの対処が使えなくなるのか」
を知ることです。
眠れなくなった時?
仕事量が増えた時?
拒絶されたと感じた時?
一人で抱え込みすぎた時?
そこが分かれば、
限界になる前に調整できます。
退行とは、「ダメな自分が出てきた」ことではない
人には、
余裕がある時の自分と、
余裕がない時の自分があります。
余裕がある時は、
考えられる。
待てる。
話し合える。
相手の立場も考えられる。
でも余裕がなくなると、
泣く。
怒る。
閉じる。
頼る。
逃げる。
そんな反応が出ることがあります。
それを、
「これが本当の自分だった」
と考えなくてもいい。
むしろ、
「自分はここまで余力が減ると、この守り方に戻りやすいんだ」
と理解する。
そうすると、
自分を責める話から、
自分の取扱説明書の話へ変わります。
退行から抜けるとは、
弱い自分を消すことではありません。
必要な時には支えてもらう。
でも少しずつ、
言葉にする。
自分で選ぶ。
待つ。
相談する。
という方法を取り戻していく。
「一人で何でもできる大人」に戻ることではなく、弱っている自分も含めて扱えるようになること。
それが、退行とうまく付き合うということなのだと思います。
反応を責める前に、使える力を減らした条件を見る
睡眠、食事、仕事量、喪失、身体症状、不安や抑うつを確認します。「しっかりしなければ」と自立を迫る前に、対処力を奪っている負担を一つ減らします。
言葉が出ない時は、「怖かった」「悔しかった」「決めるのが不安だった」など候補を借りても構いません。感情を言葉へ変えられると、泣く、怒る以外の選択肢が少し戻ります。
今日決めることを一つにし、服薬、連絡、食事など、自分で担える小さな役割を一つだけ残します。支援を受けながら、回復に合わせて増やします。
仕事の中で、この反応が起きる時
以前できていた判断、報告、調整が急に難しくなると、能力や意欲がなくなったように見えます。しかし、病気や過重負担で使える対処が減っている時に、さらに責任を増やしても元の力は戻りません。
一時的に指示を明確にし、選択肢と同時進行を減らします。支援する期間、担当する範囲、本人に残す役割を決め、回復とともに段階的に主導権を戻します。
選択肢を減らす
「どうしたいですか」と丸ごと委ねず、二つの案から選べる形にします。
状態と能力を分ける
今の処理力低下を、人柄や長期的な能力の判決にしません。
主導権を段階的に戻す
代行した仕事を一度に返さず、小さな判断から本人へ戻します。
その反応を奪わず、別の守り方を足す。
急に手放そうとすると、元のつらさだけが残ります。まず選択肢を一つ増やします。
早いサインを知る
睡眠不足、空腹、連続した判断、対人緊張など、反応が幼くなりやすい条件を記録します。
感情に言葉を借りる
うまく説明できない時は、候補から近い言葉を選びます。
一つだけ自分で決める
全部を抱えず、全部を預けず、今の余力で担える選択を残します。
支援の範囲を決める
何を手伝ってもらい、何は自分が行うかを具体的にします。
医療機関へ相談する目安
防衛機制そのものを治療するのではなく、生活への影響や背景にある症状を確認します。
- 普段できていた判断や生活行動が急に難しくなった
- 泣く、怒る、閉じこもる反応が増え、自分で止めにくい
- 誰かに決めてもらわないと何も進められない
- 睡眠、食事、服薬、出勤など基本的な生活が保てない
- 反応の変化を「人間としてだめになった」と強く責めている
REFERENCES参考文献・執筆上の注意表示する
防衛機制に関する総説・評価研究をもとに、患者さん向けに整理しています。
- Defense mechanisms: 40 years of empirical researchJ Pers Assess, 2015 / PMID: 25157632↗
- The Hierarchy of Defense Mechanisms: Assessing Defensive Functioning With the DMRS-QFront Psychol, 2021 / PMID: 34721167↗
- Involuntary coping mechanisms: a psychodynamic perspectiveDialogues Clin Neurosci, 2011 / PMID: 22034454↗
研究上の分類は複数あり、同じ反応の意味も状況によって異なります。このページだけで診断することはできません。
