神戸三宮の心療内科・精神科仕事とこころのクリニック
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KOKORO NO SHIKUMI 08

喪失のあと、なかなか元に戻れないとき

こころの仕組み

こころの仕組み08

大切な人が亡くなった。離婚した。恋人と別れた。仕事を失った。病気になって、それまでできていたことができなくなった。

こうした出来事のあと、「いつまで引きずっているのだろう」と自分に腹が立つことがあります。

周囲は普通に生活している。仕事にも行かなければならない。家事もしなければならない。だから自分も、そろそろ元に戻らなければと思う。

それでも、戻れない。

大きな喪失のあと、以前のように動けない時期があることは、珍しいことではありません。

一つを失うと、それに付随していたものも失われる

喪失のあとに苦しくなるのは、単に「悲しいから」だけではありません。一つのものを失うと、それに付随していたものまで一緒に失われるからです。

たとえば配偶者を亡くした時、失うのはその人だけではありません。

  • 毎日話す相手
  • 一緒に食事をする習慣
  • 困った時に相談する相手
  • 休日の予定
  • 将来こうなるだろうと思っていた生活

仕事を失った場合も同じです。収入だけでなく、毎朝起きる理由、人とのつながり、自分の役割、「自分はこういう仕事をしている人間だ」という感覚まで失うことがあります。

病気やけがで身体の機能が変わった時には、できていたこと、将来の予定、自分らしさの一部が揺らぐこともあります。

「もう何か月もたったのに」という時間だけでは測れません。生活の広い範囲を作り直している途中だからです。

頭では分かっていても、感覚が追いつかない

喪失のあとによく起きるのが、頭では分かっているのに、感覚が追いつかないということです。

亡くなったことは分かっている。別れたことも、もう戻れないことも分かっている。それでも、「これをあの人に話そう」と思ってしまう。いつもの時間になると連絡したくなる。何かあった時、無意識にその人を探してしまう。

そのたびに、「ああ、もういないのだった」と、もう一度気づきます。

これは理解不足ではありません。長く続いていた習慣や予測が、まだ新しい現実に更新されていないのです。だから、同じところで何度も痛くなることがあります。

悲しみ以外の感情があってもよい

喪失のあとに出てくるのは、悲しみだけではありません。

「なぜ自分だけが」と腹が立つこともあります。亡くなった本人へ、「あの時病院に行ってくれていれば」「なぜ先にいなくなったのだ」と怒りを感じることもあります。

長い介護のあとなら、少しほっとすることもあります。そのあとで、「ほっとした自分は冷たい人間ではないか」と罪悪感を持つこともあります。

悲しい。腹も立つ。寂しい。少し楽になった部分もある。

感情は一つに整理されなくても構いません。悲しみ方に、一つだけの正解があるわけではありません。

「もしあの時」と考え続けてしまう

特につらくなりやすいのが、「もしあの時」です。

「もっと話を聞いていれば」「もっと早く気づいていれば」「最後にあんなことを言わなければ」と、何度も考える。

後悔が止まりにくい理由の一つは、今の自分が結果を知っていることです。結果を知った状態で過去を見ると、「あの時こうすべきだった」はいくらでも見つかります。

しかし、当時の自分には今ほど情報がありませんでした。置かれていた状況や余裕も違ったはずです。

本当に後悔することがあるなら、無理に「仕方なかった」と処理する必要はありません。ただし、次の二つは同じではありません。

「もっとできたかもしれない」と「すべて自分の責任だった」は別です。

できたかもしれないことを振り返ることと、起きた結果のすべてを自分一人の責任にすることを分けます。

まずは生活を大きく崩さない

喪失のあとに必要なのは、すぐ前向きになることではありません。まずは、生活を大きく崩さないことが大切な時期があります。

  • 眠る時間を確保する
  • 少量でも何か食べる
  • 入浴や着替えをする
  • 必要最低限の仕事や家事に絞る
  • 一日一度は外気や日光に触れる
  • 誰かと少しだけ話す

かなり地味に見えます。しかし、大きな出来事のあとほど、こうした小さな生活が土台になります。

「これからどう生きるか」まで、今すぐ決めなくても構いません。まず今日と明日を回す。そのくらいからで十分です。

悲しむ時間と、悲しみから離れる時間の両方を作る

一日中考えていると、心も身体も疲れます。

仕事をしてもよい。テレビを見てもよい。友達と笑っても、出かけてもよいのです。

その時に、「こんなことをしていてよいのだろうか」と罪悪感を持つことがあります。しかし、悲しみから一時的に離れることは、忘れることではありません。

悲しみに触れる時間と、目の前の生活へ戻る時間を行き来する。どちらか一方だけでなくても構いません。

向き合うことだけが回復ではない

無理に写真を見たり、思い出を整理したり、誰かへ話したりする必要もありません。

まだ無理なら、しなくてよいのです。遺品を整理できないなら、いったん箱に入れて置いておく。話したくない日は話さない。

向き合うことだけが回復ではありません。距離を取ることも、その時点で自分を支える対処になります。

話したい時には、信頼できる方、医療機関、相談機関などを利用できます。話したくない時に無理に詳しく説明する必要はありません。

大きな判断は、急がなくてもよい

喪失のあとには、仕事を辞める、引っ越す、人間関係をすべて切るなど、生活を大きく変えたくなることがあります。

実際に必要な変更もあります。ただ、強い悲しみや混乱の中では、「今の苦しさを止めたい」という気持ちが判断に入りやすくなります。

期限があり、すぐ決める必要があることは、信頼できる方や専門家と一緒に検討する。急がなくてよいものは、少し保留する。それも自分を守る方法です。

回復は、以前と同じ自分へ戻ることだけではない

「いつになったら元に戻りますか」と聞かれることがあります。

大きな喪失のあと、完全に以前と同じ自分へ戻るとは限りません。しかし、最初は一日中そのことに占領されていたのが、少しずつ別のことを考えられる時間が増えることがあります。

思い出して悲しくなることはある。それでも、それ以外の生活も少しずつ動くようになる。その変化を見ていきます。

眠れるようになった。食べられるようになった。仕事に少し集中できた。誰かと話せた。悲しみが消えていなくても、それらは回復の一部です。

喪失のあとに受診を考える目安

悲しみが長く続くことだけで、病気と決まるわけではありません。大切な対象や、失ったものの意味、文化や生活環境によって経過は異なります。

一方で、次のような状態が続く時は、「喪失したのだから当然」と一人で抱えず、精神科・心療内科などへ相談してください。

  • ほとんど眠れない状態が続いている
  • 食事がとれず、体重や体力が大きく落ちている
  • 仕事や家事が長く大きく止まったままである
  • 強い罪悪感や自責感から抜けられない
  • 何をしても楽しさや安心を感じられない
  • 飲酒や薬の量が増えている
  • 亡くなった方を追うような気持ちや、「自分もいなくなりたい」という思いがある

悲しむことと、治療や支援を受けることは矛盾しません。治療は大切な人や出来事を忘れるためではなく、悲しみを抱えながら生活を支えるために行います。

悲しみが残っていても、生活は少しずつ戻せる

喪失のあとに必要なのは、無理に忘れることでも、きれいに意味づけすることでも、早く前向きになることでもありません。

まず、今の自分が何を失って、生活のどこが最も難しくなっているのかを一つずつ見ます。そして、その部分から生活を少しずつ作り直していきます。

「もう悲しくない」がゴールではありません。悲しさがあっても、それだけで一日全部が終わらなくなることも回復です。

大切だったものを忘れずに、いまの生活も少しずつ動かしていく。まずは、そのくらいを目指してもよいのだと思います。

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