「あの人のようになれば、自分も大丈夫」と思うとき
「あの人のようになれば、自分も大丈夫」と思い、誰かの形を借りて自分を支えることがあります。
同一化は、何から心を守っているのか。
初めての仕事や役割では、自分だけではどう振る舞えばよいか分かりません。信頼できる人の方法を借りれば、一時的な判断基準と所属感が得られ、「自分も何とかできる」と感じられます。
自信を失っている時には、強い人の考え方や態度を取り入れることで、自分の中にまだ十分ない力を一時的に借りることもできます。
一方、相手の基準を守ることが忠誠や自分の価値と結びつくと、違う選択をするだけで罪悪感が出ます。借りた人物像が、今度は自分を評価し続ける厳しい基準になるのです。
――人は、誰かを取り入れながら自分を作っていく
「あの人みたいになりたい」
そう思ったことがある人は多いと思います。
尊敬する先輩。
頼れる上司。
好きな先生。
憧れている友人。
親。
有名人。
その人の話し方をまねる。
考え方を取り入れる。
服装や仕事のやり方が似てくる。
これは、必ずしも悪いことではありません。
人は最初から、
「自分はこういう人間です」
という完成された自己を持っているわけではありません。
誰かを見て、
「こういう時はこうするんだ」
「こういう生き方もあるんだ」
と学びながら、自分を作っていきます。
こうして他者の特徴や価値観を自分の中に取り込む働きを、心理学では同一化と呼ぶことがあります。
ただ、ときどき同一化は、
単なる学習ではなく、
不安定な自分を支えるための方法
になることがあります。
CONTENTSこの記事の見出し
- 01「自分はどうしたい?」より、「あの人ならどうする?」が先に出る
- 02同一化は、「自分がない」という話ではありません
- 03「その人の強さ」を取り込むことで、自分も強くなったように感じる
- 04苦しい時ほど、「強い人」になろうとすることがある
- 05「強い人になりたい」が、「弱い自分を許せない」に変わる
- 06親との同一化は、かなり深いところに残ることがある
- 07自分で決めているつもりでも、「誰かの声」で決めていることがある
- 08「尊敬する人」と「自分」を分ける
- 09同一化が強い時は、相手の失敗が自分の揺らぎにつながることがある
- 10同一化は、「コピーすること」から「自分で選ぶこと」へ変わっていく
- 11「誰のようになりたい?」より、「何を取り入れたい?」と考える
- 12「その人ならどうする?」のあとに、「自分ならどうしたい?」を足す
- 13同一化は、自分を失う仕組みではなく、自分を作る途中にあるもの
- 14「あの人のようになりたい」から、「自分は何を残したい?」へ
「自分はどうしたい?」より、「あの人ならどうする?」が先に出る
迷った時、
「自分はどう思うか」
ではなく、
「あの人ならどうするだろう」
と考える。
尊敬する上司なら、こんな弱音は吐かない。
あの人なら、もっと働く。
あの人なら、この程度では怒らない。
そうやって、
自分の判断を誰かの基準に合わせる。
最初は役に立ちます。
自分一人では分からない時に、
一時的に借りられる判断基準
になるからです。
でも、それが強くなりすぎると、
「あの人ならどうする?」
は答えられるのに、
「自分はどうしたい?」が分からなくなる
ことがあります。
同一化は、「自分がない」という話ではありません
自分が不安定な時ほど、
人は確かなものを借ります。
初めて社会に出た。
どう振る舞えばいいか分からない。
だから先輩をまねる。
親になった。
どう育てればいいか分からない。
だから自分の親のやり方を使う。
医師になった。
どう患者さんと話せばいいか分からない。
だから指導医の話し方が似てくる。
こういうことは自然です。
自分の形がまだ定まっていない時に、他人の形を一時的に借りる。
これは成長の一部でもあります。
「その人の強さ」を取り込むことで、自分も強くなったように感じる
自分が弱い。
自信がない。
どうしていいか分からない。
そんな時、
強い人のそばにいる。
その人の考え方を取り入れる。
すると、
少し自分も強くなった感じがする。
たとえば、
「この上司のように考えれば間違わない」
「この先生の言う通りにすれば大丈夫」
という感覚です。
ここで同一化は、
自分の中にまだ十分ない力を、一時的に借りる
働きをしています。
苦しい時ほど、「強い人」になろうとすることがある
本当は疲れている。
でも、
尊敬している人は休まない。
だから自分も休まない。
本当は傷ついている。
でも、
「あの人なら気にしない」
と思って感情を押し込める。
本当は助けてほしい。
でも、
自分が理想にしている人は誰にも頼らない。
だから頼らない。
こうして、
自分を守るために借りたはずの人物像が、今度は自分を縛る基準になる
ことがあります。
「強い人になりたい」が、「弱い自分を許せない」に変わる
これは同一化で起こりやすいことの一つです。
最初は、
「あの人みたいになりたい」
だった。
それが、
「あの人みたいでなければいけない」
になる。
すると、
泣く自分。
迷う自分。
疲れる自分。
人に頼る自分。
失敗する自分。
が許せなくなる。
つまり、
他人を取り入れて自分を支えていたはずが、
取り入れた他人から、自分が評価され続ける
ようになります。
親との同一化は、かなり深いところに残ることがある
子どもの頃、
親の考え方はかなり大きな影響を持ちます。
「人に迷惑をかけるな」
「弱音を吐くな」
「仕事は最後までやれ」
「家族を優先しろ」
そう言われて育つ。
大人になってから、
もう親は何も言っていない。
それでも、
休もうとすると罪悪感が出る。
断ると悪いことをした気がする。
自分より家族を優先する。
この時、
親が外から命令しているというより、
親の価値観が、自分の中の声になっている
ことがあります。
自分で決めているつもりでも、「誰かの声」で決めていることがある
たとえば、
「30代なら管理職を目指すべき」
「母親なら子どもを最優先するべき」
「医者ならこれくらい働くべき」
「男なら弱音を吐かない方がいい」
それを、
「自分の考え」
と思っている。
でも、
「それは誰から学んだ考えなんだろう」
と振り返ると、
親。
上司。
学校。
社会。
以前のパートナー。
の声が混ざっていることがあります。
同一化を考える時には、
その価値観が間違っているかより、本当に今の自分にも合っているか
を見ることが大切です。
「尊敬する人」と「自分」を分ける
同一化が強くなりすぎると、
尊敬する人と同じ考えを持つことが、
その人への忠誠のように感じられることがあります。
上司と違う意見を持つと、
裏切った気がする。
親と違う生き方をすると、
申し訳なくなる。
先生と違う治療方針を選ぶと、
恩を仇で返すように感じる。
でも、
誰かから学ぶことと、その人と同じ人間になることは違います。
「この部分は取り入れる」
「この部分は自分には合わない」
と分けていいのです。
同一化が強い時は、相手の失敗が自分の揺らぎにつながることがある
「あの人は絶対に正しい」
と思っていた。
その人が失敗した。
不祥事を起こした。
自分とは違う考えを示した。
すると、
相手への失望だけではなく、
自分まで分からなくなる
ことがあります。
なぜなら、
自分の判断や価値観の一部を、その人に預けていたからです。
だから、
「自分は何を信じればいいんだろう」
となる。
この時必要なのは、
新しい「完璧な人」を急いで探すことではなく、
自分の中に残ったものを確認することです。
その人から学んだもののうち、
今でも自分が大切だと思うものは何か。
何はもう違うと思うのか。
そこから、
借りていた価値観を少しずつ自分のものにしていきます。
同一化は、「コピーすること」から「自分で選ぶこと」へ変わっていく
成長していくと、
誰か一人を丸ごと取り入れる必要は少なくなります。
この人からは、
仕事への姿勢。
別の人からは、
人への優しさ。
また別の人からは、
休み方。
そうやって、
いろいろな人から部分的に受け取る。
その中から、
自分に合うものだけを残していく。
これが、より柔らかい同一化です。
「誰のようになりたい?」より、「何を取り入れたい?」と考える
同一化が強い時、
人物全体を理想にしやすくなります。
「あの人みたいになりたい」
ではなく、
もう少し細かくします。
何がいいと思った?
判断の速さ?
人への接し方?
仕事への責任感?
落ち着き?
断る力?
そうすると、
人を丸ごとコピーする必要がなくなります。
特徴だけを借りて、自分の形に合わせる
ことができます。
「その人ならどうする?」のあとに、「自分ならどうしたい?」を足す
迷った時、
「あの人ならどうするだろう」
と考えることは悪くありません。
むしろ役に立つことがあります。
ただ、その後に一つ足します。
「そのうえで、自分はどうしたい?」
尊敬する上司なら残業するかもしれない。
でも自分は今日は帰りたい。
親なら我慢するかもしれない。
でも自分は今回は断りたい。
先生ならこの方法を勧めるかもしれない。
でも自分は別の方法を試したい。
ここで初めて、
借りた判断が、
自分の判断に変わります。
同一化は、自分を失う仕組みではなく、自分を作る途中にあるもの
誰にも影響されずに作られた「純粋な自分」など、たぶんありません。
人は、
親。
先生。
友人。
恋人。
上司。
本。
映画。
憧れた誰か。
いろいろなものを取り入れながら、
自分になっていきます。
だから、
「誰かの影響を受けている自分は偽物だ」
と思わなくても構いません。
大切なのは、
取り入れたものを、そのまま一生使い続ける必要はない
ということです。
昔は役に立った。
でも今は苦しい。
なら、変えていい。
尊敬している。
でも、この考えには同意しない。
でもいい。
「あの人のようになりたい」から、「自分は何を残したい?」へ
同一化は、
自分が弱いから起こるものではありません。
むしろ、
自分を作っていくために必要な働きでもあります。
ただ、
誰かの価値観を借りすぎると、
その人の人生を、自分が代わりに生きるようになることがあります。
だから時々、
自分に聞いてみます。
「これは本当に自分が大切にしたいこと?」
「それとも、誰かにとって大切だったこと?」
答えがすぐ出なくても構いません。
今まで借りてきたものを、
一つずつ見直していく。
残したいものは残す。
合わなくなったものは置いていく。
そして、
誰かのようになることではなく、誰かから受け取ったものを使って、自分なりの形を作っていく。
それが、同一化が成熟していくということなのだと思います。
「誰のようになるか」ではなく、「何を取り入れたいか」へ変える
相手を丸ごとコピーせず、判断の速さ、説明の仕方、人への優しさ、断る力など、良いと思った特徴を具体的にします。特徴だけなら、自分の体力や価値観へ合わせて調整できます。
「それは誰から学んだ考えか」「今の自分にも合っているか」を分けて考えます。価値観が間違っているかを裁くのではなく、現在も自分を支えているかを確かめます。
迷った時に「あの人ならどうする」と考えても構いません。その後に「そのうえで、自分はどうしたい」を足すと、借りた判断を自分の判断へ変えやすくなります。
仕事の中で、この反応が起きる時
社会へ出たばかりの時や新しい職種では、先輩の方法をまねることが大きな助けになります。ただ、仕事の技術だけでなく、残業、休まない姿勢、弱音を吐かない態度まで取り入れると、自分の限界が見えにくくなります。
尊敬する上司と違う意見を持つことが裏切りに感じられたり、所属集団の文化へ疑問を持つ自分を責めたりすることもあります。学んだことへの感謝と、今の自分に合う方法を選ぶことは両立します。
その人が失敗したり離れたりした時には、新しい完璧な人を急いで探さず、何を学び、何はもう違うと思うのかを確認します。借りていた基準を、自分の経験で更新する時間です。
人物ではなく機能を選ぶ
「上司のようになる」ではなく、「報告を結論から話す」など、役立つ行動だけを取り入れます。
自分の条件へ合わせる
相手の体力、職位、家庭事情と自分の条件を分け、続けられる量や方法へ調整します。
複数のモデルから学ぶ
一人からすべてを借りず、仕事の姿勢、対人対応、休み方を別々の人から部分的に受け取ります。
その反応を奪わず、別の守り方を足す。
急に手放そうとすると、元のつらさだけが残ります。まず選択肢を一つ増やします。
「自分なら」を最後に足す
「あの人ならどうする」の後に、「そのうえで、自分はどうしたい」と確認します。
借りた基準の出どころを見る
親、上司、学校、社会から学んだことと、今の自分が大切にしたいことを分けて書きます。
残すものを選ぶ
昔は役立った基準でも、今は苦しいなら変えて構いません。役立つ部分だけを自分の言葉へ翻訳します。
違いを忠誠心の欠如にしない
尊敬する人と違う意見や生き方を選んでも、学んだことや関係の価値まで否定したことにはなりません。
医療機関へ相談する目安
防衛機制そのものを治療するのではなく、生活への影響や背景にある症状を確認します。
- 「あの人ならどうする」は分かるのに、自分の希望が分からない
- 尊敬する相手と違う選択をすると、強い罪悪感や不安が出る
- 相手や所属先が変わるたびに、自己像や価値観が大きく揺れる
- 借りた働き方や基準のために、睡眠・体調・生活が崩れている
REFERENCES参考文献・執筆上の注意表示する
防衛機制に関する総説・評価研究をもとに、患者さん向けに整理しています。
- Defense mechanisms: 40 years of empirical researchJ Pers Assess, 2015 / PMID: 25157632↗
- The Hierarchy of Defense Mechanisms: Assessing Defensive Functioning With the DMRS-QFront Psychol, 2021 / PMID: 34721167↗
- Involuntary coping mechanisms: a psychodynamic perspectiveDialogues Clin Neurosci, 2011 / PMID: 22034454↗
研究上の分類は複数あり、同じ反応の意味も状況によって異なります。このページだけで診断することはできません。
