DEFENSE MECHANISM

攻撃者との同一化とは?

その反応が、何から心を守っているのかを考えます
RELATIONSHIP & SHAME

傷つけられる側から離れるため、傷つけた側の態度を身につけることがあります。

傷つけられる側から離れるため、傷つけた側の態度を身につけることがあります。

WHAT IT PROTECTS

攻撃者との同一化は、何から心を守っているのか。

傷つける側の考え方を持てば、何が起きるか予測でき、自分が再び無力になる怖さを減らせます。被害を受けた自分の恥や弱さからも距離を取れます。

ただし、その方法が続くと別の人を傷つけ、自分が恐れていた関係を再び作ることがあります。理解することと、行動の責任をなくすことは別です。

READING

――「あの人がおかしかった」ではなく、「自分が悪かった」と思うことで生き延びてきたことがある

強く否定された。

怖い思いをした。

理不尽に怒られた。

支配された。

本当なら、

「相手のやり方がおかしかった」

と考えてもよさそうな場面です。

でも、本人はこう言うことがあります。

「自分がもっとちゃんとしていれば怒られなかったと思います」

「私が要領悪いから仕方なかったんです」

「社会ではこれくらい普通ですよね」

そして、いつの間にか、

傷つけてきた相手と、ほとんど同じ言葉で自分を責めている。

こうした心の動きの一部を、心理学では攻撃者との同一化という考え方で理解することがあります。

ただし、この言葉を扱う時にはとても大切なことがあります。

傷つけられた側が、加害を望んでいたわけでも、加害に責任があるわけでもありません。

むしろ、

強い力を持つ相手との関係の中で、

自分を守るために身についた方法かもしれません。

CONTENTSこの記事の見出し
  1. 01「相手が間違っている」と思う方が、危険なことがある
  2. 02「相手のルールを自分の中に入れる」ことで、先に危険を避ける
  3. 03相手がいなくなっても、相手の言葉だけが残る
  4. 04「これは誰の言葉だった?」と考えると見えてくることがある
  5. 05被害を受けた人が、他の人に同じことをすることもある
  6. 06「厳しくされたから強くなれた」と思うこともある
  7. 07「あの人にも事情があった」と理解することと、傷つけられた事実を消すことは違う
  8. 08現実のハラスメントを、「自分の心理の問題」にしない
  9. 09「相手のようになった自分」を責めすぎない
  10. 10治療では、「誰が悪かったか」だけを決めるのではない
  11. 11「あの人ならどうする?」ではなく、「今の自分はどうしたい?」
  12. 12自分の中の「攻撃者の声」と対話する
  13. 13「強くなれば傷つかない」というルールも見直す
  14. 14「傷つけられた自分」を認めることは、負けを認めることではない
  15. 15攻撃者との同一化から少し自由になるとは
  16. 16攻撃者との同一化で、一番大切にしたいこと

「相手が間違っている」と思う方が、危険なことがある

たとえば子どもにとって、

親は非常に大きな存在です。

生活を支えてくれる。

離れることも難しい。

そんな相手から繰り返し、

「お前はダメだ」

「もっとちゃんとしろ」

「お前が悪い」

と言われたとします。

この時、

「親がおかしい」

と考えることは、子どもにとってかなり怖いことがあります。

もし、

自分を守ってくれるはずの人が、

本当は危険な人だとしたら。

自分ではどうにもできない。

逃げることも難しい。

その現実は、とても不安です。

そこで、

「親がおかしい」のではなく、「自分が悪い」と考える。

すると、少しだけ世界が分かりやすくなります。

自分が変われば、

怒られなくなるかもしれない。

もっと良い子になれば、

愛してもらえるかもしれない。

つまり、

自分を責めることで、「まだ自分には状況を変える余地がある」と感じられる。

一見、自分を傷つける考え方ですが、

当時は自分を守る意味を持っていた可能性があります。

「相手のルールを自分の中に入れる」ことで、先に危険を避ける

怖い人がいる。

いつ怒るか分からない。

すると、

怒られる前に、

相手が何を嫌うか考えるようになります。

「こうしたら怒られる」

「こんな言い方をしたらダメ」

「弱音を吐いたら馬鹿にされる」

「失敗したら価値がない」

そのうち、相手がその場にいなくても、

自分の中で同じ言葉が流れるようになる。

「こんなこともできないのか」

「甘えるな」

「もっと頑張れ」

「人に迷惑をかけるな」

つまり、

外にいた厳しい相手が、自分の中の厳しい声になる

ことがあります。

相手がいなくなっても、相手の言葉だけが残る

昔の上司はもういない。

親元からも離れた。

関係は終わった。

それなのに、

ミスをすると、

「こんなこともできないなんて終わってる」

と思う。

疲れて休もうとすると、

「それくらいで休むのは甘え」

と思う。

助けを求めようとすると、

「人に頼るな」

と自分で止める。

もう誰も言っていない。

でも、

自分が自分に言っている。

この時、

「自分はもともと自分に厳しい性格」

と思っているかもしれません。

でも、その厳しい声は、

本当に最初から自分のものだったのでしょうか。

「これは誰の言葉だった?」と考えると見えてくることがある

たとえば、

「弱音を吐くな」

という考え。

それは、

自分が本当に大切にしたい価値観?

それとも、

昔誰かに言われ続けた言葉?

「仕事ができなければ価値がない」

という感覚も、

自分が選んだ考えなのか。

誰かから受け取ったものなのか。

一度分けてみます。

攻撃者との同一化を扱う時には、

自分の中にある厳しいルールの出どころを確認する

ことが役立つことがあります。

被害を受けた人が、他の人に同じことをすることもある

これは慎重に扱う必要があります。

昔、

失敗すると厳しく叱られていた。

大人になって部下を持つ。

部下がミスする。

すると、

自分が昔言われたように、

「社会人ならこれくらい普通だろ」

と言ってしまう。

あとから、

「自分が一番嫌だった人と同じことをしている」

と気づく。

とてもショックを受けます。

でも、ここで、

「結局あなたも加害者と同じ」

と責めても治療にはなりません。

人は余裕がない時、

自分が知っている対処法へ戻りやすい

からです。

「指導とはこういうもの」

「怒りとはこう表現するもの」

というモデルを、それしか知らなかったのかもしれません。

「厳しくされたから強くなれた」と思うこともある

過去を振り返って、

「確かに厳しかったけど、そのおかげで今の自分があります」

と言う人もいます。

それも本当かもしれません。

厳しい環境で身についた、

忍耐力。

観察力。

努力する力。

危険を察知する力。

が、今役立っていることもあります。

だから、

過去を全部、

「悪かった」

にする必要はありません。

ただ、

役に立ったことと、傷つかなかったことは別です。

「あれがあったから成長した」

と、

「あれはつらかった」

は同時に成り立ちます。

「あの人にも事情があった」と理解することと、傷つけられた事実を消すことは違う

攻撃者との同一化が強い人は、

相手の事情をよく理解していることがあります。

「父も余裕がなかったんだと思います」

「上司もプレッシャーが強かったので」

「母も苦労していたので仕方ないです」

これは成熟した理解でもあります。

でも、

相手を理解することで、

自分の痛みまで消していないかを見る必要があります。

事情があった。

それでも怖かった。

相手も苦しかった。

それでも傷ついた。

相手を理解することと、自分の被害を認めることは両立します。

現実のハラスメントを、「自分の心理の問題」にしない

ここはとても重要です。

職場で、

「上司が怖いのは、あなたが昔の攻撃者を重ねているからです」

と説明できる場合もあります。

でも、

実際にその上司が、

人格否定。

威圧。

暴言。

過大な要求。

をしているなら、

心理だけで説明してはいけません。

本人の過去のパターンがあったとしても、

今、現実に不適切な扱いを受けていることは別の問題

です。

必要なら、

記録を残す。

第三者へ相談する。

産業保健や人事を利用する。

距離を取る。

環境を変える。

という対応が必要です。

「あなたが敏感だから」

で現実の被害を小さく扱わないことが大切です。

「相手のようになった自分」を責めすぎない

昔嫌だった言葉を、

自分が子どもに言ってしまった。

部下に言ってしまった。

パートナーに言ってしまった。

そこで、

「自分も同じ人間だった」

と強く自己否定することがあります。

でも、大切なのは、

同じ行動が一度出たことと、

同じ人間であることを分けることです。

気づいた。

なら、修正できます。

謝れる。

別の言い方を覚えられる。

距離を取れる。

同一化していたことに気づけた時点で、もう相手とまったく同じではありません。

自分には、選び直す余地があります。

治療では、「誰が悪かったか」だけを決めるのではない

もちろん、

加害行為があったなら、

責任は加害側にあります。

そこを曖昧にする必要はありません。

ただ、治療ではその先も見ます。

相手から何を学んでしまった?

どんなルールが今も残っている?

自分にどんな言葉をかけている?

そのルールは今も必要?

そこを考えます。

過去の責任を整理することと、

現在の自分の中に残った影響を扱うこと

は別の作業です。

「あの人ならどうする?」ではなく、「今の自分はどうしたい?」

攻撃者との同一化があると、

判断の基準が相手のまま残ることがあります。

「甘えるなと言われたから休まない」

「結果を出せと言われたから限界まで働く」

「弱みを見せるなと言われたから誰にも頼らない」

そこで、

一度問いを変えます。

「その人ならどうするかではなく、今の自分はどうしたい?」

疲れているなら休みたい?

本当は優しく指導したい?

助けを求めたい?

少しずつ、

借りた価値観から、

自分が選ぶ価値観へ戻していきます。

自分の中の「攻撃者の声」と対話する

たとえば、

ミスをした時、

「本当に使えないな」

という声が出る。

そこで、

「そんなこと考えちゃダメ」

と消す必要はありません。

まず、

「これは誰っぽい言葉だろう?」

と見る。

そして、

今の自分ならどう言うかを足します。

「ミスはした。でも修正すればいい」

「今日は疲れていた」

「次は仕組みを変えよう」

こうして、

昔の声を完全に消すのではなく、

今の自分の声を横に置く。

最初は昔の声の方が大きくても構いません。

「強くなれば傷つかない」というルールも見直す

攻撃者との同一化では、

「弱い側になりたくない」

という気持ちが強くなることがあります。

昔は傷つけられた。

だから今度は、

強い側。

正しい側。

できる側。

にいたい。

すると、

弱音を吐けない。

人に任せられない。

自分のミスを認めにくい。

場合によっては、人に厳しくなる。

でも、

強い側に居続けることにも大きなコストがあります。

治療では、

弱い部分があっても、必ず支配されるわけではない

という経験を少しずつ増やします。

「傷つけられた自分」を認めることは、負けを認めることではない

被害を受けたことを認めると、

自分が弱かったと認めるようで嫌だ。

そんな人もいます。

だから、

「別に大したことではなかった」

「自分にも原因があった」

と考える。

でも、

傷ついたことと、

弱い人間であることは別です。

逃げられなかったことと、

同意していたことも別です。

相手に合わせたことと、

相手の行為に責任があることも別です。

ここに線を引きます。

攻撃者との同一化から少し自由になるとは

攻撃してきた人を、

全部悪い人にすることではありません。

過去を恨み続けることでもありません。

逆に、

全部理解して許すことでもありません。

大切なのは、

相手から受け取ったルールを、一つずつ自分で選び直すこと

です。

「人に迷惑をかけるな」

全部捨てなくてもいい。

でも、

困った時には頼っていい。

「仕事は厳しくあるべき」

責任感は残していい。

でも、

人格を傷つける必要はない。

「弱音を吐くな」

踏ん張る力は残していい。

でも、

苦しい時には話していい。

つまり、

過去の相手から受け取ったものの中に、

役に立つものもある。

もう必要ないものもある。

そこを分ける。

攻撃者との同一化で、一番大切にしたいこと

傷つけられた人が、

相手の考え方を取り入れてしまうことがあります。

それは、

相手が正しかったからではありません。

その環境の中で、

相手のルールを先に理解しておくことが、自分を守るために必要だった

のかもしれません。

「自分が悪い」と思えば、

次はもっと頑張れる。

「弱い自分が悪い」と思えば、

強くなろうとできる。

それで生き延びてきた。

だから、

今も自分に厳しい。

でも、

今はもう、

その人のルールだけで生きなくてもいいかもしれません。

昔、

相手の言葉を自分の中に入れることで自分を守った。

なら今度は、

その言葉の中から、今の自分に必要なものだけを選び直す。

「これはあの人のルールだった」

「これは今も自分が大切にしたい」

「これはもう返していい」

そうやって分けていく。

攻撃者との同一化から回復するというのは、

過去の相手を自分の中から完全に消すことではありません。

相手の声より、自分の声の方で、自分の人生を決められるようになること。

そして、

「自分が悪かったから傷つけられた」

ではなく、

「傷つけられた中で、自分は生き延びる方法を身につけた。今はその方法を選び直していい」

と思えるようになること。

それが、この防衛とうまく付き合うということなのだと思います。

FIRST STEP

「誰から学んだやり方か」を分ける

攻撃的な行動を正当化せず、その言い方やルールを最初に使っていた人、使われた時の自分の反応を確認します。

強さを失わず、威圧、侮辱、支配だけを手放せる別の方法を考えます。境界線を示すことと相手を傷つけることは同じではありません。

「あの人にも事情があった」と理解することと、「されたことは傷ついた」と認めることは両立します。事情を理解しても、被害や責任が消えるわけではありません。

AT WORK

仕事の中で、この反応が起きる時

「自分も耐えたのだから」という指導が、職場の世代を越えて繰り返されることがあります。厳しさの必要性と、人格攻撃や過重労働を分けます。

本人だけの問題にせず、記録、第三者、指導ルール、組織の安全管理を使い、再現しにくい仕組みへ変えます。

厳しく育てられたため、部下にも同じ指導をする

期待する行動は具体的に伝え、人格否定、威圧、長時間労働を「指導」から外します。

上司に責められた後、その言葉で自分を責め続ける

相手が言ったこと、業務上の事実、自分に必要な改善を分けます。相手の言葉を全部、自分の真実にしません。

弱音を吐く同僚に「甘えるな」と感じる

苛立ちの奥に、自分が助けてもらえなかった痛みがないかを確認し、対応は職務上の基準で選びます。

ハラスメントを「自分が弱いせい」と考える

逃げられなかったことは同意ではありません。記録を残し、産業保健、人事、相談窓口など第三者を使います。

MORE OPTIONS

その反応を奪わず、別の守り方を足す。

急に手放そうとすると、元のつらさだけが残ります。まず選択肢を一つ増やします。

01

自分を責める言葉が、最初は誰の言葉だったかを書き分ける。

02

相手の事情の理解と、された行為の評価を別々に考える。

03

強さ、責任感、技術など残したい部分と、侮辱、威圧、支配を分ける。

04

弱さを隠す代わりに、境界線、記録、第三者の支援で自分を守る。

05

人を傷つけた時は修復と再発防止を行い、自分全体への判決にはしない。

WHEN TO CONSULT

医療機関へ相談する目安

防衛機制そのものを治療するのではなく、生活への影響や背景にある症状を確認します。

  • 過去に言われた言葉で自分を強く責め、抑うつや自傷したい気持ちがある。
  • 威圧、暴言、暴力などを人へ繰り返し、止めたいのに止めにくい。
  • 過去の被害を思い出すと、強い恐怖、解離、悪夢などが起こる。
  • 現在も暴力、虐待、ハラスメントの中にいて、安全を確保しにくい。
  • 職場や家庭で同じ関係が繰り返され、本人や周囲の生活に大きく影響している。
REFERENCES参考文献・執筆上の注意表示する

防衛機制に関する総説・評価研究をもとに、患者さん向けに整理しています。

  1. Defense mechanisms: 40 years of empirical researchJ Pers Assess, 2015 / PMID: 25157632
  2. The Hierarchy of Defense Mechanisms: Assessing Defensive Functioning With the DMRS-QFront Psychol, 2021 / PMID: 34721167
  3. Involuntary coping mechanisms: a psychodynamic perspectiveDialogues Clin Neurosci, 2011 / PMID: 22034454

研究上の分類は複数あり、同じ反応の意味も状況によって異なります。このページだけで診断することはできません。

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