DIRECTOR'S JOURNAL

過剰適応だった会社員時代と、今の診療について

コラム

会社員だったころの自分を振り返ると、「過剰適応」という言葉が、とてもよく当てはまります。

頼まれたら断れない。空気は読むもの。多少しんどくても、それは自分の努力不足。今思えば、よくあれで倒れなかったなと、少し感心すらします。

「折り合いをつける」という選択肢を知らなかった

当時の私は、「折り合いをつける」という技術を、どうやら履修していなかったようです。

仕事か自分か。白か黒か。グレーという選択肢があることを、まったく知りませんでした。今なら「それは、ブラック寄りのグレーですよ」と言えるのに、当時は全部まぶしく見えていました。

急に心が強くなったわけでも、悟りを開いたわけでもありません。それでも年月の中で、「今日はここまででいいか」「それは私の仕事ではないかもしれない」と思える瞬間が、ほんの少しずつ増えていきました。

折り合いのつけ方を、見よう見まねで覚えたのだと思います。

過剰適応とは

過剰適応とは、周囲の期待や環境へ合わせようとするあまり、自分の気持ちや疲れを後回しにしてしまう状態です。

  • 頼まれると断れない
  • 周囲の評価や機嫌が気になる
  • つらくても「自分の努力不足」と考える
  • 休むことに罪悪感がある
  • 限界まで頑張ってから不調に気づく

まじめで責任感があり、周囲へ配慮できる方ほど、外からは問題なく働けているように見えることがあります。そのため、本人も周囲も不調に気づくのが遅れやすいのです。

会社員時代の経験が、今の診療に生きている

診療をしていると、会社員時代の経験が思いがけず役に立つことがあります。

過剰に頑張ってしまう方。「自分が弱いから、こうなったんです」と、深々と頭を下げそうな勢いで話される方。そういう場面に出会うと、心の中で昔の自分が小さく手を挙げます。

「はい。これ、私もやっていました」

患者さんへ自分を重ねすぎるのは、診療上注意が必要です。それでも、「その感じは分かります」と言える距離感が、診察室の空気を少しだけやわらげることもあります。

「それは、かなり無理をしていますよ」
「そこまで真面目でなくても、生きていけます」

そんな言葉が、机上の理論ではなく、少し実感を伴って出てくることがあります。

無理のない働き方を、一緒に探す

会社員だったころの自分は、決してスマートではありませんでした。だいぶ不器用で、だいぶ無理をしていたと思います。

それでも、その過剰適応だった自分が、今の診療のどこかでひっそり役に立っています。完全に切り離すのではなく、ほどよい距離で一緒に診察室へ座ってもらうくらいが、今の自分にはちょうどよいようです。

それが、私なりの無理のない働き方であり、無理のない診療なのだと思っています。

「断れない」「周囲へ合わせすぎる」「休むことに罪悪感がある」と感じている方は、限界になるまで一人で抱え込まないでください。当院では、仕事の負担や人間関係も含めて状況を整理し、無理のない回復と働き方を一緒に考えます。

PAGE TOP