会社員だったころの自分を振り返ると、「過剰適応」という言葉が、とてもきれいに当てはまります。
頼まれたら断れない。空気は読むもの。多少しんどくても、それは自分の努力不足。
今思えば、よくあれで倒れなかったな、と少し感心すらします。
当時の私は、「折り合いをつける」という技術を、どうやら履修していなかったようです。
仕事か自分か、白か黒か。
グレーという選択肢が存在することを、まったく知らなかったのです。
今なら「それ、ブラック寄りのグレーですよ」と言えるのに、当時は全部まぶしく見えていました。
それでも年月というものは不思議なもので、少しずつ変化が起きました。
急にメンタルが鋼になったわけでも、悟りを開いたわけでもありません。
ただ、「今日はここまででいいか」とか、「それは私の仕事じゃないかも」と思える瞬間が、ほんの少し増えました。
折り合いのつけ方を、見よう見まねで覚えた感じです。
診療をしていると、その経験が思いがけず役に立つことがあります。
過剰に頑張ってしまう会社員の患者さん。
「自分が弱いからこうなったんです」と、深々と頭を下げそうな勢いで話される方。
そういう場面に出会うと、心の中で昔の自分が小さく手を挙げます。
「はい、これ、私もやってました」と。
本当は、患者さんに自分を投影するのは、あまり良くないのかもしれません。
教科書的には、たぶん減点対象です。
それでも、「その感じ、わかります」と言える距離感が、診察室の空気を少しだけ和らげることもあります。
「それ、かなり無理してますよ」
「そこまで真面目じゃなくても、生きていけます」
そんな言葉が、どこか実感を伴って出てくるときがあります。
机上の理論というより、経験者コメントに近い感じです。
会社員だったころの自分は、決してスマートではありませんでした。
むしろ、だいぶ不器用で、だいぶ無理をしていました。
でも、その過剰適応だった自分が、今の診療のどこかで、ひっそり役に立っています。
同じような患者さんを見ると、過去の自分を投影してしまうこともあります。
本当はあまり良くないかもしれませんが、今のところは「まあ、人間だし」と思うことにしています。
完全に切り離すよりも、ほどよい距離で一緒に診察室に座ってもらうくらいが、ちょうどいい気がするのです。
たぶんそれが、今の私なりの、無理のない働き方であり、無理のない診療なのだと思っています。

