悲観的な思考の正体

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診察室では、こんな言葉をよく聞きます。
「どうせうまくいかないと思ってしまうんです」
「最悪のことばかり考えてしまって……」

その背景には、多くの場合、悲観的な思考のクセがあります。
精神科の臨床では、とても身近なテーマです。

悲観的な思考というと、「考えすぎ」「気にしすぎ」と言われてしまうこともありますが、
実際には、もう少し丁寧に扱ったほうがいい存在だと感じています。

悲観的な思考は、もともと危険を回避するための仕組みです。
人の脳は、長い時間をかけて「最悪を想定する力」を育ててきました。

原始的な環境であれば、
「あの草むら、何かいるかもしれない」
「この実、食べたら体に合わないかもしれない」
と立ち止まれる人のほうが、生き延びやすかったはずです。

つまり、悲観的な思考は、
命を守るために働いてきた、優秀な安全装置でもあります。

ただ、少し困ったことがあります。
この安全装置、現代の生活に対しては、やや設定が古いのです。

会社の上司は捕食者ではありません。
メールの返信が遅れても、命の危険はありません。
会議で言葉に詰まっても、人類の存続には影響しません。

それでも脳は、つい本気を出します。
「危険の可能性あり」
「念のため、最悪のケースを想定しておきましょう」

安全装置としてはとても忠実ですが、
少し感度が高すぎる状態とも言えそうです。

悲観的な思考が強い方ほど、責任感があり、周囲への配慮ができることが多い印象があります。
先のことを考え、失敗を避けようとし、
自分一人で何とかしようと頑張ってきた人です。

ただ、その力が強くなりすぎると、
まだ起きていない出来事を何度も振り返ったり、
未来の自分に先回りして厳しい評価を下したりします。

気づけば、頭の中で長時間の「もしも会議」が開かれている。
議題は常に「最悪の場合」。
そしてこの会議、なかなか散会しません。

考えているあいだは「備えている感じ」がしますが、
終わってみると、どっと疲れている。
そんな経験がある方も多いのではないでしょうか。

ここで大切なのは、
悲観的な思考をなくそうとしないことです。

追い払おうとすると、かえって存在感が増します。
「重要な情報です」と言わんばかりに、
さらに念入りな想定を追加してきます。

おすすめなのは、少し距離を取ることです。

「また安全確認が始まっているな」
「今日も念入りだな」

そう気づくだけで、
思考のスピードが少し落ちることがあります。

悲観的な思考があるからこそ、
慎重に行動できた場面もあったはずです。
人の気持ちに早く気づけたことや、
大きな失敗を避けられた経験もあったかもしれません。

悲観的な思考は、
敵ではなく、少し心配性な同僚のような存在です。

報告は多めですが、目的は安全確保。
声は大きいですが、悪意はありません。
完全に黙らせる必要はなさそうです。

今日も脳は言います。
「念のため、最悪のケースを考えておきました」

相変わらず仕事熱心です。
こちらの業務時間をあまり気にしないところも含めて、
なかなか頼もしい存在ではあります。

そんな声が聞こえたら、
「ありがとう。参考にしますね」
それくらいの返事で十分かもしれません。

真に受けすぎず、追い払わず、
少し横に置いておく。
悲観的な思考とは、そのくらいの距離感で付き合っていくのが、案外ちょうどいいものです。

悲観的な思考があっても、人は生活できます。
迷いながらでも、確認しながらでも、ちゃんと前には進めます。

もし今日、少し考えすぎたなと思ったら、
それは「何も考えなかった」ということではありません。
それだけ、これまで色々な場面をくぐり抜けてきた、というだけの話です。

明日もまた、脳は何か言ってくると思います。
そのときも、少し笑いながら聞いておけばいいのだと思います。

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